著者 カイガ
  • なし
# 10

「殺す時のリスク」

 時刻は夜の7時。カイラは体の傷の応急手当をしていた。

 「痛っつ…!あのゴミクズ野郎、顔や体を何発も殴りやがって。口の中痛くて、飯食い辛くなったじゃねぇか。くそ、こっちには痣ができてやがる……」

 今日の夕方に遭遇した不良との喧嘩で、カイラの身体中に傷がたくさんできていた。彼自身が喧嘩慣れしていないこともあって、一方的に痛めつけられる形になってしまい、無事に帰宅出来たものの体はボロボロだった。
 鏡に映る顔を腫らした自分を見て、自分が先程やったことを思い出していくカイラ。
 自分にとって気に入らない相手と遭遇してその相手に突っかかって喧嘩へと発展し、そして怒りに任せて相手を殺してしまったこと。さらにその後警察に対して「殺人許可証」を見せたことで、自分が逮捕されることを免れたこと。

 「夢みたいな、漫画の世界にでもいるような出来事だったが、全部現実なんだ。昨日のことも含めて、全て本当に起こっていることなんだよ、これは」

 地面に転ばされたことでついた傷全てに絆創膏を貼り終えた後、氷嚢をつくっていく。その間カイラはずっと自分にそう言い聞かせていた。腫らした頬に氷嚢を当てつつ布団に寝転ぶと、今日の出来事を思い起こす。

 まず思い浮かんだのはムカついたこと・嫌な事…うるさい音を鳴らして道を塞いで通行の邪魔をしていたオートバイの集団。退くよう喚起しても反発して自分を馬鹿にしてきたこと。オールバックの金髪にボコボコにされたこと。
 それらを思い出したことでカイラは苛立たしげに布団を殴りつけ、枕を壁に叩きつけたりもした。
 しかしそんな怒りの感情がふと嬉しさ・喜びなどの感情へと変換される。ムカついたことや嫌な事の次に、良かった出来事が思い出されたからだ。
 その内容は当然、カイラが自身の手で自分が気に入らない者…敵を殺したことである。次いでに挙げると、その後警察に逮捕されなかったことも数えられる。

 「何年ぶりだろうな、こんなにも良い気分になれたのは。
 クソムカついた奴を殺すことが、こんなにも快感だったなんて!
 それを二度も経験した。最高の気分にしかなれねーよ…!」

 枕を定位置に戻してそこに顔をうずめながら、カイラはけたけたと笑った。

 「 “殺人許可証” これがあればどんな奴を殺しても罪にならない。不良学生や半グレ、芸能人でも政治家でも、殺したって俺は罪に問われない。殺した後のことは全く気にしなくて大丈夫になった」

 殺人を犯すことでカイラの将来が閉ざされる、人生が終了するなどというリスクが一切無くなったことが確定し、後腐れもほとんど無いことも分かって上機嫌でいるカイラだったが、しばらく経って冷静になると、「殺人許可証」を有してもなお存在するリスクについて考え始めた。

 「殺しても罪にはならない…。けど、殺される奴が反撃してこないとは限らない。というか、絶対大人しく殺されてくれないのがほとんどだろう」

 リスクとは、殺す対象による抵抗もしくは反撃がとんでくることである。相手は血の通った人間であり、ゲームの雑魚敵でもなければ、全く動かないかかしやサンドバッグなどでもない。カイラが凶器を向けて殺しにかかってこようものなら、当然抵抗する者もいる。

 「つか実際、今日なんか滅茶苦茶やられたし。今回は一対一の喧嘩だけで複数人との喧嘩がなくて、これくらいで済んだけど、次もああいう喧嘩になるとは思えない。
 次もああいう集団を殺すってなった時、囲まれて複数人に攻撃されることだって十分考えられる。リンチに遭う可能性は高い。そうなれば殺すどころじゃなくなる。
 今日久々に喧嘩してみたけど、結果はこの様。普通の殴り合いだと不良一人にすら勝てやしない雑魚が、今の俺だ」

 カイラは冷静に自分の喧嘩レベルを分析する。大学生時代で運動部に所属して体力と筋力は今でも平均以上のレベルではあるが、こと喧嘩においてはカイラは素人レベルであり、慣れてもいない。

 「そもそもガチの喧嘩の経験が全く無いんだよな。中高生時代の俺は目立つのが嫌なのと、日和ってばかりだったから、まともに喧嘩した試しが十代の頃は全く無かった…。
 そんな奴が喧嘩慣れしてる奴ら相手に普通に勝てるわけがない…」
 
 自分に足りない要素をまとめると――

 「圧倒的な経験不足と、喧嘩・実戦向けの鍛錬不足だ」

 そういったものが挙げられた。

 「ムカつく奴ら誰彼構わず余裕でぶっ殺すには、俺自身が強くならなきゃいけない。
 明日から、徹底的に鍛えなきゃならない。喧嘩慣れした奴が相手でも、多人数が相手でも、プロの格闘家が相手でも。俺はそいつらに楽勝出来るくらいに喧嘩が強くならないといけない。
 そうしないと、簡単に殺すことが出来ないし、何より気持ちよく勝てない」

 それからのカイラの決断は早く、行動も迅速だった。

 殺人するにおいて自分に足りないものを見つけ出して、それらを克服する手段も徹底的に調べ上げた。
 どんな喧嘩にも勝つ方法、人体において致命傷になる箇所の把握、刃物の扱い、夥しい出血や臓器がはみ出るといった惨たらしいシーンに対する耐性など…。
 
 桐山カイラは、「殺人術」身に付ける鍛錬に励み始めるのだった。
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