著者 八神凪
  • なし
# 13

その12 商(売)人のレオス

 エコールとリラの二人と別れた後、僕は野菜や肉が売っている商店街へと足を伸ばす。どの世界、どの時代でもこういう場所は活気があっていいよね。

「近くに広場があるんだ。ここで何か売るかなあ」

 次の町へ行ってしまうのもいいんだけど、手持ちは金貨十枚とレオバールが置いていった治療費である金貨三枚の計十三枚。
 乗合馬車が乗れるようになったら一回あたり約銀貨二枚使うから二万キロも離れた実家に帰るのは不可能だ。ちなみに銀貨十枚で金貨一枚と同じである。

 こうなると手持ちの道具を商人らしく売るのが一番いいんだけど、今はアレンの臭い防具と光の剣くらいしかない。ちょっと商人とは違うけど、食べ物で儲けるのが一番だね。

「広場には他にも屋台があるから販売は問題なさそうだね。だけど一応確認しておくかな。すみませーん!」

 僕は手近なフルーツを売っている屋台へ近づいて声をかける。すると、のんびりした顔のお爺さんが応対してくれる。

「なんだい? フルーツが欲しいのかい?」
「ちょっと聞きたいことがあって。広場に屋台とかお店を開くのは勝手にやっていいのかな? どこかで許可が必要?」
「ん? お前さん何か出すのかい? ここで物を売るのは誰でも問題ない。ただ、トラブルが起こると衛兵にしょっぴかれるからそこだけ注意するといい」

 なるほど、屋台とかそういう形式もなしなら僕でも売れそうだ。そうと決まれば次は何を売るか決めに商店街へ戻ろう。

「お爺さんありがとう! リンゴとバナナ買っていくよ、いくら?」
「おう、ありがとうよ。二つで銅貨三枚だ」

 僕は元々持っていた財布から小銭を手渡してからその場を去り、再び商店街を練り歩く。食べ物を売るのが確実だけど――

「うーん、牛肉は高いから串焼きは厳しい……野菜は安いからバーベキュー屋さんでもしようかと思ったんだけどなぁ……うん?」

 魔物の串焼きも悪くないかと思っていると、そこでとあるお店で僕は面白いものを発見する。

「ねえ、おじさん。これっていくら?」
「おう、いらっしゃい! ……って、コレかあ?」
「そうそう。これ、麻袋で五キロほど欲しいんだけど」
「何に使うんだ? まあ売れるのはいいけどニワトリの餌くらいにしかならないぞ?」

 おじさんは親切にそう忠告してくれるが、僕は笑顔で返答した。

「これが僕の商売道具になるんだよ。ニワトリの餌だなんてとんでもない! で、いくら? 雑穀レベルなら五キロでも高くないよねえ?」

 げへへ、と僕が手をこすると、おじさんは笑いながら麻袋を僕に渡してきた。

「おう、とりあえず銀貨一枚でいいぞ! 実はニワトリを飼っている人の小屋が荒らされて、ほぼ全滅状態になったらしくてな。買い手がいなくなってどう処分するか悩んでたんだ」
「へえ、そりゃラッキーだったねお互い」
「言うじゃねぇか。まだあるから欲しけりゃまた買ってくれ!」
「うん、ありがとう」

 おじさんに礼を言って別れ、その後すぐにバターと厚手の紙を購入してからいそいそと広場へ戻る。カバンから敷物と旅をしていた時に使っていた簡易テーブルと竈を取り出す。

「久しぶりに使うね。さて、火を熾さないと……あれでいいか」

 旅をしている時はエリィが火の魔法を使ってくれたから特に問題ないけど、僕は念のためなるべく魔法を使わないでおきたい。
 ではどうやって火を熾すか? それは『魔石』が必要になる。『魔石』は文字通り魔力を帯びた石で、魔法使いが石に魔力を込めたもの。
 魔力を込める石は、その辺の石でも宝石でもなんでもいいんだけど、適当な石は効果もそれなりなのがネックである。
 魔石は雑貨屋さんに売られていたりするから買うのが常識なんだけど、そこは元・悪神なので、こういう方法を使う――

「むん! ……よしよし、まあまあ悪くない火の魔石ができた」

 僕はセルフで魔石を作ることができるので、落ちていた石を片っ端から(隠れて)魔石に変えていく。その数二十個。
 しょぼい石だけど、僕の魔力がいいのか純度はそれなりになったので、雑貨屋なら一個銅貨300はするだろう。
 
 でも作ればタダ。

 え? これを売って稼げばいい?
 ……そう思うけど、あまりやりすぎると魔石が値崩れして雑貨屋が潰れちゃうからね……それに魔石を卸すであろう魔法使いの収入を減らすのは避けたい。

「これで準備は完璧に整った……後はこれを……!」

 僕は麻袋からトウモロコシの粒を取り出す! そう、これが僕が買ったものの正体だ。安く手に入って、調理が簡単なもの、ポップコーンを作るために!

「それじゃ早速♪」

 竈に火の魔石を投げ入れ発火させ、年季の入ったフライパンにバターをおとす。暖まってきたら乾燥コーンをばらまいて蓋をする。

「……」

 しばらくそのまま待っているとフライパンからパンパンと弾ける音が聞こえて来て、僕は自然と顔がほころぶ。

「お、きたきた」

 そのあたりで道行く人や休憩している人が何事かと振り向く。よしよし、これも作戦通りだ。すると、バターの焦げるにおいがふわりと辺りに漂い始める。

「んー、いい匂い……ちょっと味見……んまい!」

 てーれっててーみたいな効果音が流れそうなくらい上出来だった。塩を振って完成だ! そこへ――

「兄ちゃん、そりゃなんだ? 食い物か?」
「いい匂い~ねえ、買ってよ」

 若いカップルが近づいてきた。
「ええ、これは『ポップコーン』という食べ物で、コーンを膨らませたものなんです。一口食べてみて美味しかったら買ってください!」
「へえ、トウモロコシがねえ……お、いけるな」
「ほんとー! お酒に合うかも!」
「だな。兄ちゃんこれ売ってくれ、どうやって買えばいいんだ?」

 まあそう来るよね、僕は買っておいた厚紙を筒状にする。地球で言うところのクレープを巻く紙のような形。テープみたいなものはないので、切れ目を作って固定しておく。

 「えっと、この紙をこうしてっと……で、ここに入れる」

 フライパンからお手製の紙袋へ移して二人に手渡す。量はそれなりに入っているけど――

 「銅貨1枚です!」

 これくらいでいいだろう。十個も売れれば麻袋分は取り返せる。

「やっす!? もう一つくれ!」
「おいしー、あっちで食べましょ!」
「毎度! ……おや?」
「お、なんだ、美味そうな匂いがするな」
「おかあさん、あれ買ってー!」


 しばらくするとお客さんがどんどんやってきて、僕はポップコーンを量産する。そして陽も傾きかけてきたころ……

 「これで最後です! また材料が入れば明日もやりますから、お願いしまーす!」

 ホクホク顔の人、しぶしぶ帰っていく人などを見送り、僕は片づけに入る。

 「いやあ、やっぱりモノを作って売るのはいいね。エリーとパンを焼いて売っていた頃を思い出すよ」

 麻袋のコーンは全てなくなり、手元には銅貨の山……捨て値のコーンが、お宝になった瞬間だった。一つ三十グラムくらいで売ったから、厚紙とバター分を引いても今日の儲けは金貨一枚と銀貨五枚枚ってところか。ほぼ元値ゼロ! ボロい……!

 ふひひと悪い顔をしていると――

「ほう、こいつは美味いな」

 知っている声が聞こえてきた。

「……あなたは確かギルドマスター? 買ってくれたんですね、ありがとうございます!」
「ちょっと話をしようと思ったらこれだ、待ったぜ……」
「話? 僕にですか?」
「ああ。やっぱりお前、試験を受けろ!」
「はあ……嫌ですけど」
「即答だな!? ……その腰の剣はお飾りってことか?」

 僕の腰に下げてある剣を指差し、もぐもぐしながらそんなことを言う。違うと言えば絡まれそうだし、適当に答えておこうか。

「これは売り物ですよ。こうやって見せておけば誰かが買ってくれるかもしれませんし」
「ほう、そんなものをぶら下げていたら盗賊なんかに狙われそうだけどなあ?」
「……」

 ああいえばこういう、ってやつかな。無言で片づけを進めていると、ヒューリさんが僕の肩に腕を回し呟く。この人こうするの好きだな……

「そんな高価な剣をぶら下げていたら狙われるだろ? でも冒険者証があれば、下手に手出しできない。ランクにもよるがな? 貴族とかに難癖つけられてもギルドなら助けてやれる。野良の商人よりはいいんじゃないか?」
「むう……」

 そう言われれば確かにその通りなのだ。
 商人のギルドみたいなのは無いので、街に一つはある組合が助けになるんだけど、貴族相手ともなるとアテにならないことが多い。
 ギルドは治外法権とまでは言わないけれど、冒険者が居なければ魔物という驚異に対しての治安を維持できないので、それなりに権力はあったりする。故に冒険者証は欲しかったりするのだが――

「本当の狙いは……?」

 僕がスパッと切り出すと、ヒューリさんの眉がピクッと動いた。

「やっぱお前はただもんじゃなさそうだ。あのゴロツキとやり合っていた時、お前手加減したろ?」
「僕は商人ですよ、そんなことできません」
「……まあ、それはいい。とりあえず試験には来い。あって損はしないだろ、冒険者証」
「考えておきます」
「試験は三人一組でやるものもある。あのカップルは助かるだろうぜ」
「……試験内容、話していいんですか?」

 僕がそういうと、口が滑った聞かなかったことにしてくれと立ち去って行った。何が目的か分からないけど、あの二人が不利になるなら考えないとダメかなあ……
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