著者 霧江サネヒサ
  • なし
# 14

境界線

昨夜、千葉県の✕✕✕✕✕市のマンションで、この一室に住む工員の愛坂慎一さん(37)と妻の良子さん(35)が血を流して死亡しているのが見つかり、警察は、遺体の状況などから殺人事件として捜査しています。

 テレビで昼のニュースが流れている。
 ふたりの子供は、東京の食堂で、それを見た。
 特に顔色を変えず、愛坂狂次と慧三は、カツ丼を食べ続ける。

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」

 兄弟は、料金を支払い、店を出た。

「これからどうする? きょーちゃん」
「治安の悪いところへ行きましょう。そういうところには、悪い仕事があるはずです」
「りょうかーい」

 大きな荷物を持ったふたりは、慣れない都会を懸命に進む。
 その晩、彼らは漫画喫茶に泊まった。
 ふたりが最初に見付けたのは、おそらく薬か何かを運ぶ仕事。悪い大人に、低賃金で使われた。
 数日後。ふたりは、警察官に声をかけられる。

「君たち、未成年だよね? 何してるの?」
「…………」

 狂次は、思案した。弟だけ逃がすか? 警官を殺すか?

「あ、いたいた。おーい」

 ふたりに向かって手を振り、近付いて来る者。

「知り合い?」
「はい」

 見知らぬスーツ姿の男だった。

「すいませんね、おまわりさん。このふたりの叔父です」
「失礼。身分証を拝見しても?」
「はい。免許証で」
「ご協力ありがとうございます」

 男と警官は、二言三言話し、男だけが残る。

「あなたは?」
「はじめまして。愛坂狂次くん。と、慧三くん」

 警戒心から、ふたりは身構えた。

「あ、これ名刺ね」

 それを受け取り、兄弟は怪しい男と交互に見る。さっきの免許証とは名前が違う。

矢代協会 人事部
安房乱丸

「変な名前」と、慧三が言った。

「偽名だからねぇ。千葉県担当だから、安房なんだよ」
「矢代協会とは?」
「殺し屋の協会」
「殺し屋…………」

 都会の雑踏の中、三人だけが非日常にいるかのよう。

「単刀直入に言おう。君ら、協会の養成所に入りなさい。そうすれば、プロの殺し屋になれるから。衣食住は保証するよ。寮があるからね」

 新手の詐欺を疑ったが、金のなさそうな子供を狙う理由が分からない。それに、安房は、ふたりの本名を知っていた。

「その申し出、受けます」
「うんうん。いい判断だ。君ら、両親殺したろ? 捜査線上に、君らのことが上がってる」
「捕まりたくなーい」

 慧三が嫌そうな顔をする。

「そうだろうね。まあ、協会に入れば、犯人はでっち上げてくれるから心配ないよ」

 始末対象の殺し屋を犯人に仕立て上げ、自殺に見せかけて殺す。それが、協会のやり方だった。

「協会に入るのは、私だけにしていただきたいのですが」
「狂次くんだけ? まあいいけど。殺し屋の身内の保護機構もあるしね」
「よろしくお願いします」
「しまーす」

 ふたりは、一礼する。
 こうして、愛坂狂次は殺し屋という道を歩くことになった。
 慧三とは、別の道。その一歩を踏み出したのは、弟と生きていくためであった。
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