- なし
# 1
チョコレートの君
その人は、動きも表情も中性的だったから、すぐには彼か彼女か分からなかった。でもそれはどちらでも良かった。
胸が動悸した。一目惚れの感覚だ。
小柄で細身ながら、どちらかというと「怖い」外見だった。ツーブロックに刈り上げた髪も、たくさんのピアスも、ストリート系の服も。
それから彼女が若いことも。
子どもっぽい若さではなく大人だが、年取ってくたびれた諦め混じりの大人には、まだなっていない。それを怖く感じた。存在が「当たり負け」しそうで。
私はくたびれた中年で、彼女と同性で、彼女を「素敵だ」と思ってもそれ以上、どうこうはない。ただ、一目惚れの感覚が真実なだけだ。
よく見ていると彼女は、「あどけない」ような、はにかんだ表情をする。細い声で喋る。そういうところは怖くない。
褐色な肌に、たくさんのピアスの金色がよく似合った。太陽の国から来た少年主人公とでも思いたくなるが、何故だか月の黒い影の気配もする。
入会した習い事のクラスに彼女がいた。
何回かレッスンを受け、「顔見知り」になる。でも、大して親しくはならない。
心なし遠くから見ているのは、ズイズイ近寄って関わろうとしたら逃げられるだろうと、勝手に感じたためだった。
もっと前から彼女といる、彼女の慣れた仲間となら、彼女もあれこれふざけたりする。私も同じ場所にいて、一緒に笑う。けれども私自身は「慣れた仲間」ではない。いつまでもそうはならないかもしれない。無理に距離を詰める気はなかった。
なんとなく彼女は、人が怖いと知っている野生動物に似ていると思った。
人が怖いと知っている人なのかもしれなかった。
秋の夜、チョコレートの差し入れがあった。帰り際にみんな、色々な包み紙の小さなチョコレートを貰って食べた。
そばに彼女がいた。
「食べてます?」
勧めると、
「美味しい」
声が細く返ってきた。
並びのやや乱れた白い歯の間、微笑む小さい口の中で、チョコレートは噛まれ崩れ、もう芳しく溶けていた。
チョコレートの君。
粗糖とコーヒー豆。シナモンにカルダモン。ヒハツとコショウ。香り高い、熱と甘さとほろ苦さ。
あなたの口の中で温かく崩れるそのチョコレートとあなたの舌の味を、知りたいと一瞬、私は思うけれども。
ただ視線を移し、「美味しくて良かった」と笑う。
(おわり)
胸が動悸した。一目惚れの感覚だ。
小柄で細身ながら、どちらかというと「怖い」外見だった。ツーブロックに刈り上げた髪も、たくさんのピアスも、ストリート系の服も。
それから彼女が若いことも。
子どもっぽい若さではなく大人だが、年取ってくたびれた諦め混じりの大人には、まだなっていない。それを怖く感じた。存在が「当たり負け」しそうで。
私はくたびれた中年で、彼女と同性で、彼女を「素敵だ」と思ってもそれ以上、どうこうはない。ただ、一目惚れの感覚が真実なだけだ。
よく見ていると彼女は、「あどけない」ような、はにかんだ表情をする。細い声で喋る。そういうところは怖くない。
褐色な肌に、たくさんのピアスの金色がよく似合った。太陽の国から来た少年主人公とでも思いたくなるが、何故だか月の黒い影の気配もする。
入会した習い事のクラスに彼女がいた。
何回かレッスンを受け、「顔見知り」になる。でも、大して親しくはならない。
心なし遠くから見ているのは、ズイズイ近寄って関わろうとしたら逃げられるだろうと、勝手に感じたためだった。
もっと前から彼女といる、彼女の慣れた仲間となら、彼女もあれこれふざけたりする。私も同じ場所にいて、一緒に笑う。けれども私自身は「慣れた仲間」ではない。いつまでもそうはならないかもしれない。無理に距離を詰める気はなかった。
なんとなく彼女は、人が怖いと知っている野生動物に似ていると思った。
人が怖いと知っている人なのかもしれなかった。
秋の夜、チョコレートの差し入れがあった。帰り際にみんな、色々な包み紙の小さなチョコレートを貰って食べた。
そばに彼女がいた。
「食べてます?」
勧めると、
「美味しい」
声が細く返ってきた。
並びのやや乱れた白い歯の間、微笑む小さい口の中で、チョコレートは噛まれ崩れ、もう芳しく溶けていた。
チョコレートの君。
粗糖とコーヒー豆。シナモンにカルダモン。ヒハツとコショウ。香り高い、熱と甘さとほろ苦さ。
あなたの口の中で温かく崩れるそのチョコレートとあなたの舌の味を、知りたいと一瞬、私は思うけれども。
ただ視線を移し、「美味しくて良かった」と笑う。
(おわり)
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