著者 霧江サネヒサ
  • なし
# 13

不協和音

 きょーちゃんとオレ、どっちが強いんだろう?
 愛坂慧三は、たまにそんなことを考える。
 ふたりが本気で戦ったら、どうなるのか?
 答えは、そう。最終的には、愛坂慧三が勝つ。
 何故なら、狂次に弟は殺せないから。
 そのことに、慧三は気付いている。

「きょーちゃんは優しいもんな~」
「お兄さんがどうかしたの?」
「んー。なんでもなーい」

 隣に座る女に、テキトーな返事をした。

「そう。それで、今度の休みのことなんだけど、ホテルのビュッフェに行きたくて」
「うんうん。オレも行きたいな」

 煙草をふかし、女に同意する。
 慧三は、会話を続けながら、兄のことを考えた。
 きょーちゃんを殺すとしたら、世界中の人間を殺した後だな。それまでは誰にも殺されないでね、きょーちゃん。
 その後。女の出勤を見送り、慧三はいつものチャイナ服を着て、出かけることにした。
 そして、兄の自宅のインターホンを鳴らす。
 狂次が出る前に、合鍵でドアを開けた。

「きょーちゃん、いる~?」
「はい」

 狂次は、白いYシャツに黒いスラックス姿で現れる。これが、彼の部屋着だ。どうやら、非番らしい。
 相変わらず目元は、包帯とガーゼで隠されており、首元には、包帯が巻いてある。 
 その姿は、慧三には見慣れたものなので、特に何も思わない。

「何か用事ですか?」
「ううん。遊びに来た」
「そうですか」

「遊びに来た」とは言ったものの、ふたりでソファーに並び、慧三はスマホを見ているし、狂次は文庫本を読んでいるだけだ。
 静かな時間が流れる。ふたりは、この時間が嫌いではない。

「そういえばさぁ」
「はい」
「きょーちゃんは、ペット飼わないの?」
「このマンションは、ペット禁止です」
「でも、魚とかハムスターとかは飼えるんじゃない?」
「殺し屋は、ペットを飼えないのですよ」
「そっか」

 いつ死んでもおかしくないから、生命を預かることは出来ないのである。

「どうしてそんなことを?」
「きょーちゃんって、恋人作らないじゃん。寂しくないの?」

 狂次は、慧三と違い、女・酒・煙草・薬・ギャンブルは避けているようだ。

「慧三君がいます。それに、それなりに親しい人もいますから」
「ならいいけど」

 そう言ってから、慧三はスマホから顔を上げて、狂次を見る。

「きょーちゃん。誰にも負けないでね」
「……はい。一度でも負ければ死にますからね」

 文庫本から顔を上げて、狂次は答えた。

「約束だよ」
「はい」

 オレが殺すまで、死なないでね。
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