著者 霧江サネヒサ
  • なし
# 9

毒をもって毒を制す

 今回のターゲットは、協会の掟を破った殺し屋である。
「やれやれ」と、愛坂狂次は溜め息をついた。

「始末されてたまるかぁ!」

 ターゲットの男は、ナイフを片手に狂次を相手どるつもりらしい。

「申し訳ありませんが、仕事ですので」

 淡々と、冷静に話しかける狂次。相手に合わせて、懐からナイフを取り出す。

「参ります」

 宣言してから、男に接近して行く。
 そして、男がナイフをナイフで防いだところで、いつの間にか左手で持っていた拳銃で、体を二発撃った。

「え?」
「仕事だと言いましたよね? あなたと遊んでいる暇はありません」
「テメェ…………」
「さようなら」

 頭に一発。狂次は、速やかに仕事を終えた。
 回収屋に連絡をしてから、狂次は一息つく。
 同業者を殺す時は、多かれ少なかれ戦闘が生じる。愛坂狂次は、負けたことはない。負けていたら、こうして立ってはいないだろう。
 協会に逆らうから、そうなるのですよ。
 狂次は、特になんの感慨も持たずに死体を眺めた。
 数分後。回収屋が死体を片付けてから、今回の報酬が振り込まれ、ひとりで帰宅する。
 いつも通りに硝煙を消し、シャワーを浴びて着替えた。リビングのソファーに座り、テレビをつけてニュース番組を流す。
 協会では、同僚を殺した者は、“始末屋”として恐れられていた。あまりやりたがられない仕事だが、狂次は機械的に任務を遂行するため、協会の上層部には重宝されている。
 例え、仕事で組んだことのある相手でも、親しかった者でも、狂次は躊躇わずに殺せるだろう。
 そんな薄情にも思える愛坂狂次だが、絶対に殺せない存在があった。
 それは、双子の弟の愛坂慧三である。慧三を協会に入れなかったのも、その辺りに理由があった。
 慧三は、組織に属するには、奔放過ぎる性格をしているため、すぐに粛清対象にされかねない。
 だから、狂次と慧三の“殺し”は、別たれていた。
 唯一の血縁者。たったひとりの家族。大切な弟。
 兄として、彼を守りたい。弟には、自由に生きてほしい。
 そのためなら、どんな困難な仕事でもこなしてみせる。
 愛坂狂次には、その覚悟があった。
 沈んでいた意識が浮上する。スマホが震えていた。

「はい」
「愛坂さん、今度、長期の任務についてほしいんですが、行けますか?」
「ええ。大丈夫です」
「では、詳細はメールしますので、よろしくお願いします」
「はい」

 しばらく家を空けるなら、慧三に連絡をしよう。
 狂次は、そう考えてから、日課の拳銃の組み立て訓練をした。
 生真面目な男は、真逆の性格の弟を想う。
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