著者 一理
  • なし
# 28

それぞれの事情~アズナメルトゥ~


『夜更けというものが訪れれば、その時間だけは必ず、それぞれのモノ。
 どんな境遇にあろうとも言える、数少ない一つ。』

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 さすがに、恋愛に対してが過ぎる。
 聞いていて、内心のどこかで、ちょっとだけハラハラするものを感じていた。

 ――アズナメルトゥは薄闇の中で、隣で眠るリプカという少女のことを思っていた。

 リプカの語る恋愛観は、まるで年齢が二桁にも達していない女の子が持つ、無垢な純粋のようだった。

 恋に恋するだけなら、それでもいい。
 でも、これは婚約を結ぶ、そういうお話だ。それではいけない……。

 幼い。
 それが、リプカに対する正直な印象だった。

 恋愛観もそうだが、所作の一つ一つにも、どこか幼さが感じられた。一生懸命ながらも――いや、だからこそ……。

 人によっては、それを指して未熟と評するのだろうが、アズの所見は別にあった。


 アズは、リプカの様々な所作の中に、闇を詰め閉じ込めたような抑圧を感じ取っていた。


 ――この子は、今までどのような人生を歩んできたのだろう……?
 考えるが、当然それは分からない。

 幼さを見せているかと思えば、重要な局面で臆することなく、鬼神の如き働きを見せる。――アンバランスの過ぎる精神。

 一つだけ分かっているのは……このままでは、リプカの思い描く未来は訪れないだろうということだった。

 あまりにも純粋が過ぎる。
 リプカ自身の気付きがない限り、実現は難しい。

 ――不思議と、彼女に手を貸してあげたい気持ちが、自然と胸の内にあった。
 リプカはよく見てきた、なんだか無条件に手を貸してあげたくなる女性というものとはまた違う人だった。彼女に対するその気持ちの根源は、雰囲気がそうさせる無条件ではない、もっと別の何かであると感じている。
 では、それはいったい何か。

(…………)

 ――アズは薄暗がりの中で、セラフィとの歓談を終えた後に見せた、リプカのあの笑顔を思い出していた。


『何よりもの大切です。この世でたった一人の、姉妹ですから』


 姉妹を思い見せた、あの輝かしい微笑み。
 決して依存ではない、ただ純粋に愛しいから大切に思うその愛を、あの情緒が溢れる、いっぱいの笑顔に見た――。

(……あ、そっか)

 アズは気付いた。
 あのときのことを思い出し――そのとき感じた心情を、その意味を、いま冷静に分析することで初めて、はっきりと理解した。


 フランシス様のことは、私は何も知らないけれど。
 そんな、見ず知らずの他人に等しい人であるはずなのに。

 あのとき、私は少しだけ、フランシス様を羨ましく思ったんだ……。

 あの輝きには、それだけの力があった。


 ――リプカの浮かべたあの笑顔と限りなく近いものを、アズは知っていた。

 家族に家族愛を向けてもらえることが――パパが私を愛しく思ってくれていることがどれだけの奇跡であるか、アズナメルトゥはそれを知っていた。

 その奇跡の証明――。
 父から、そして他界した母の他からそれを受け取ったことなど、一度としてない。

 それを、リプカのあの笑顔に見た。

(だから私は、その証明を浮かべた彼女を信じる気持ちが湧いて――手を貸してあげたくなったんだ)

 心の底から信頼する者と同じものを持っていたリプカを。考えうる限り得難いものの一つであるそれを備えていた彼女を――。

 答えに辿り着くと、アズは寝返りをうち、リプカの寝顔を窺った。

 ――明日、パパを通して、お国に伝言を頼もう。
 婚約者候補は私で問題なかった、と。
 リプカちゃんの推察が僅かでも合っていたのなら、フランシス様がそれを後押ししてくれるはず。縁談を円滑に、できうる限り早くに終わらせたいというのなら、婚約の意思がない者はむしろ歓迎されるはずだ。

 眠るリプカを見つめる。

(人を慈しむことを知っている、この子だから――)
(幸せになってほしいんだ)

 自身の本音と静かに向き合える、必要ではないが、貴重な時間に。
 アズナメルトゥは、自身が抱く気持ちに気付いた。

「ねえ、リプカちゃん」

 そしてアズは、眠っているかもしれないリプカに、話しかけた――。

 
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