著者 田鶴
  • なし
# 1

第1~4話 王子達の幼少時代から婚約後の女遊びまで

【第1話 プロローグ】

 時はシュタインベルク王国第12代国王フリードリヒの治世。眉目秀麗な父親の国王に似た、見目麗しい王子が2人いた。

 兄王子マクシミリアンは17歳、金髪碧眼の容姿こそ美しいが女たらしで怠け者、何をやっても凡庸。

 弟王子ヴィルヘルムは14歳、兄に似ているが茶髪で灰色の目、文武両道でまじめかつ優秀。国王は優秀な弟王子に肩入れし、王妃は兄王子を溺愛していた。

 ある日、王子2人の剣術指導の時のこと――

「先生、兄上がまた逃げました。ご迷惑おかけして申し訳ありません。心当たりを探してみます」
「殿下が謝罪する必要はありません。殿下の責任ではないのですから。第一王子殿下は護衛に探させますので、このまま剣術訓練を始めましょう」

 今は王子2人の剣術指導の時間だが、いつものごとくマクシミリアンはどこかに消えていた。剣技だけに限らず、2、3年前から家庭教師の時間にもマクシミリアンはたいていふらっとどこかへ行ってしまう。そんな振舞いを国王は苦々しく思っていたが、王妃はいつもマクシミリアンをかばっていた。

 まだ王太子は選ばれていないが、普通なら第一王子が立太子される。しかしマクシミリアンの奇行と放蕩が知られるにつれて優秀なヴィルヘルムを立太子すべきだという声が日に日に大きくなっており、多くの有力貴族がヴィルヘルム派に鞍替えしつつあった。

 だが、王妃の実家ベルゲン侯爵家やコーブルク公爵家、マクシミリアンの婚約者ユリアのラウエンブルク公爵家がまだマクシミリアンについていた。

 兄弟は両方とも王妃の実子とされているが、王妃がヴィルヘルムの妊娠中、離宮に閉じこもって使用人も最低限に抑えていたので、教会が愛人を許さないのにかかわらずヴィルヘルムは実は妾腹という噂が社交界で絶えない。実は、噂は本当でヴィルヘルムの実母は王妃ディアナの元侍女だったが、その事実を知っているのは国王夫妻と王妃の長年の専属侍女ミリアム、当時の王宮付きの医師だけだった。

 マクシミリアンとヴィルヘルムは小さい頃は仲がよかったが、マクシミリアンは出来のよい弟に嫉妬してしまう上に、会えば弟に女癖のことで小言を言われるので、ここ数年は距離を置いている。母親の王妃は長男を溺愛していてマクシミリアン立太子を推している。

 マクシミリアンの婚約者ユリアは、同い年の幼馴染。彼女は宰相の娘で公爵令嬢、まじめで優秀でありながら、ブルネットのウェーブするロングヘアと緑色の瞳を持つ色白の美少女である。元々、マクシミリアンが立太子されたら2人が18歳で成人する年には結婚する予定だったが、マクシミリアンの出来と素行が悪くて立太子は保留、結婚も当分延期になった。

 マクシミリアンが幼い頃は、2歳上のユリアの兄オットーと3歳下のヴィルヘルムも交えて4人で王宮で遊んだものだった。その頃は、ユリアとマクシミリアンは大変仲がよく、周囲の大人も微笑ましく見守っていて、2人が婚約するのは当たり前のようにとらえられていた。当時はマクシミリアンも優秀でまじめに勉強や剣技に取り組んでいたのにいつのまにか今のようにこじれてしまったのだった。



【第2話 心のオアシスが崩壊した時(ヴィルヘルム視点)】

 僕たち兄弟は、物心つくかつかないうちから、勉強やマナー、剣術、護身術、ダンスなどありとあらゆることを詰込まれ、子供らしく遊ぶ時間などほとんどなかった。それに加えて両親の国王夫妻からは肉親の情も感じられず、特に母上は兄上だけを偏愛している。それどころか、僕を憎んでいるように思える。

 どうして自分は愛されないのか悲しくて不思議だったんだけど、親切なふりをしてわざわざ教えてくれる人達や噂で僕の実母は別の女性だと知った。だけど、父が教会と王妃の目から実母を隠していて会ったことがないから、他人のようなものだ。だからお互い兄弟の他は乳母だけが自分たちを本当に愛してくれる存在だった。

 だけど、兄上が6歳になったとき、側近候補兼友人としてラウエンブルク公爵家の兄妹オットーとユリアが週に2回ぐらい王宮に遊びに来るようになった。侍女や護衛の目を盗んで木登りをしたり、かけっこをしたりして、普通の子供になれたような気がした。

 乳母にクローバーの花の冠の作り方を習ってユリアにあげたらすごく喜んでくれたのも、いい思い出だ。あの頃は本当に週2回の彼らの訪問が待ち遠しくて仕方なかった。でもそんな楽しい時も長くは続かなかった。

 僕が5歳、兄上が8歳になった時、新しい側近候補兼友人が王宮に連れてこられた。トラヘンベルク公爵家のルイーゼとルーカスの姉弟で、ルイーゼは僕の1歳上、ルーカスは僕の2歳下だ。ルイーゼは黙っていればビスクドールみたいにかわいいのだが、自分が話題の中心にいないと気が済まない苛烈な性格で、ルーカスはそんな姉の言いなりになってしまうおとなしい子だった。

 ルイーゼはなぜか兄上よりも僕を気に入ってとにかく僕にべったりして、僕がちょっとでもルイーゼ以外と話したり遊んだりするとすぐ怒った。特にユリアにはライバル意識を持っていたみたいで、僕がユリアと話すとすぐに割り込んできたり、こっそりユリアに意地悪をしたりした。

 そんな彼女の態度に辟易してルイーゼを王宮に連れてこないでほしいと両親に訴えたが、だめだった。兄上は元々その反応を予想していたみたいで、両親に言ってもどうにもならないと僕に言っていたんだけど、僕の気持ちは両親にわかってもらえるはずだと僕は無駄な期待を持っていた。

「ヴィルヘルム、なぜトラヘンベルク公爵令嬢を登城禁止にできないかわからないか?」

「わかりません」と僕が返事をすると、父上は大きなため息をついた。

「お前たちはシュタインベルク王国の王子だ。遊び相手を自由に選べるその辺の子供たちとは違う。トラヘンベルク公爵令嬢を登城禁止にするのに彼女の弟だけを呼ぶわけにいかなくなる。でも彼自身には出禁にするほどの落ち度はないだろう? それにトラヘンベルク公爵家の子供たちだけを王宮に呼ばなくなれば、王家はラウエンブルク公爵家をひいきしていると見られる」

「別にいいじゃないですか」とふてくされて言ったら、父上に頬を打たれた。父上は冷たくてもそれまで僕たちに手をあげたことはなかったから、すごくショックだった。その後、どうしてだめなのか延々と説教されてようやくわかったけど、その時から自分たちは籠の中の鳥なんだと悟っている。

 こんな騒動があってからは、ラウエンブルク公爵家とトラヘンベルク公爵家の子供たちが王宮に来る日は分けられることになり、ユリアに会えるのは週1回になってしまった。

 そんな騒動があってから2年後、兄上が11歳になった年、ユリアが兄上と婚約してしまった。子供の僕は事前に何も知らず、ユリアを自分のものにする術も持たなかった。兄上とユリアは幸せそうで、僕の好きな2人を悲しませたくないから、僕はユリアをあきらめるしかなかった。

 ユリアはあきらめたけど、意に染まない婚約をさせられるのはごめんだった。父上は三大公爵家を平等に扱うから、僕をルイーゼと婚約させるかもというおぞましい予想が出てきた。コーブルク公爵家には嫡男しかいないから、はなから除外されたけど、トラヘンベルク公爵家のルイーゼは想像も嫌だけど年齢的には僕に合う。ユリアのときは先手を打たれてしまったから、今度こそは自分が先手を打つ意気込みで両親と話しあった。

 トラヘンベルク公爵家から王家へは僕たちの祖母が輿入れしている一方、ラウエンブルク公爵家とコーブルク公爵家が王家と婚姻を結んだのはそれぞれ4、5代前にさかのぼることを見つけて僕は交渉材料にし、ルイーゼと婚約しなくてもよくなった。

 その代わり、外交上の都合で外国の王女と結婚しなくてはいけなくなるかもしれないことは納得させられた。とりあえず、あのルイーゼから逃げられたんだからいい。兄上達が本当に結婚するまではまだ何年もあるから。



【第3話 モノクロな日常に光があった日々(マクシミリアン視点)】

 僕の日常は、もう小さな子供の頃から色を失っていた。子供たちに興味のない冷たい父親に、弟ヴィリーを差別して僕だけを偏愛する母親、全てがんじがらめに敷かれたレールの上を走るしかない人生。それをもう物心ついてすぐに悟ってしまった。

 無邪気でかわいい弟とやさしい乳母だけが救いだった。そんな僕らの日常に光を与えたのが、ラウエンブルク公爵家のオットーとユリアだった。この兄妹が王宮に遊びに初めて来た日、天使のようにかわいいユリアに僕の目はくぎ付けになった。何度も遊んで彼女の性格を知った後も、彼女が僕の天使だという認識は変わらなかった。

 子供らしく無邪気だった弟は、ある時を境に僕みたいに達観してしまったような、全てを諦めたような冷めた子供になってしまった。そのきっかけは、今もはっきり覚えている。

 トラヘンベルク公爵家のルイーゼとその弟もルイーゼが6歳になった年から王宮に来て、僕たち兄弟とラウエンブルク公爵家兄妹と遊ぶようになった。でもルイーゼは、ヴィリーにべったりで、僕らが彼に構うとヒステリーを起こして、特にユリアにはひどい態度をとった。他の人間が見ていないときにルイーゼがユリアに意地悪するので、とうとうトラヘンベルク公爵家の姉弟とラウエンブルク公爵家の兄妹が王宮に来る日を分けるしかなくなった。

 ヴィリーは、ルイーゼのひどい行動を両親に訴えたからそうなったと思ったようだが、実はその前に両家の子供の訪問日を分けることは決まっていた。我が子に害を成すとしても、政治的パワーバランス上で重要な家門の子供だったら我が子と交流させ続ける――そんな両親だとは元からわかっていたけど、それでもやっぱり失望した。ヴィリーの態度が変わったのもそれからだった。

 それまでは遊び半分であまり勉強にも剣術にもヴィリーは身に入ってなかったのに、急にまじめにやり始めて僕をあっという間に抜かしてしまった。僕が5回やってやっと成功するようなものを、ヴィリーは1、2回で成功させてしまうような、天才肌だ。

 それを知った父上がヴィリーを立太子させたくなったようだと僕も気づいた。でも母上はなぜかヴィリーを嫌っていて、僕を王太子にさせたがっていた。同じ母上の息子なのにどうして母上がヴィリーを嫌うか不思議だったんだけど、その答えを親切ごかして教えてくれる大人がいて真相を知ってしまった。

 ヴィリーがユリアに好意を抱いているのを僕も気が付いていた。優秀なヴィリーのほうが王に向いているのは確かだけど、僕が立太子される可能性が正式になくなると、ユリアと婚約するのはヴィリーになるだろう。でも僕はユリアだけは譲りたくなかったから、ユリアが僕の婚約者になってから、王太子の座をヴィリーに譲るよう画策することにした。その代わりにヴィリーにはそれで満足してほしかった。



【第4話 女遊びの噂】

 時を経てマクシミリアンは17歳、ユリアとヴィルヘルムは14歳となった。

 貴族社会は、今日の味方は明日の敵にもなりえる魑魅魍魎の世界である。第一王子の婚約者ユリアは、婚約者のためと思ってデビュタント前でも参加できるお茶会には積極的に参加して社交にいそしんでいた。でもその立場ゆえに普通の貴族令嬢以上に敵が多かったから、攻撃材料を見つけてユリアにつっかかってくる貴族もしょっちゅういた。ラウエンブルク公爵家は一家そろってまじめだから、その攻撃材料と言えばマクシミリアンの女遊びしかなかった。

「ごきげんよう、ユリア様。第一王子殿下はつつがなくお元気でいらっしゃいますの?」

「ごきげんよう、ルイーゼ様。もちろん、殿下はお元気です。」

「そうですの、第二王子殿下と一緒の剣技の授業を第一王子殿下はずっと病欠されているってお聞きしましたけど? お元気なのはのほうだけかしら。やんごとなきご身分の方が頻繁に娼館に通っていらっしゃるという噂、お聞きしたことありまして?」

「まぁ、やんごとなきご身分ってどこかの公爵閣下も入るのかしらね」
「……なっ!」

 貴族令嬢としては下品な物言いをしたのは、トラヘンベルク公爵家のルイーゼ嬢。彼女は婚約者のいない第二王子ヴィルヘルムとの婚約をいまだに狙っていて、王宮で幼馴染としてユリアに出会って以来ずっとユリアに強烈なライバル意識を持っている。

 教会は配偶者の他に愛人を持つことを堕落として禁止しているが、ルイーゼの父親のトラヘンベルク公爵には何人も愛人がいるとまことしやかに噂されており、娼館にしょっちゅう通っていることも、普通に社交している貴族なら耳にしたことがあるはずである。この国のあと2人しかいない公爵達は堅物かつ愛妻家で有名であるから、娼館に通う『公爵』とすれば、ルイーゼの父を指すことは誰にでもわかることだった。

 この日のお茶会に参加している令嬢たちは、ユリアが出席するお茶会のほとんどで常連で、お互いに名前呼びを許した仲と言えば聞こえはいいが、お互いの本音は笑顔の仮面の下に隠している。

 ユリアがルイーゼをやっとかわしてお茶会の別のテーブルに行くと、今度はクレットガウ伯爵令嬢が心配を装っている体で、挨拶もそこそこにマクシミリアンの浮気情報というジャブを浴びせてきた。

「ユリア様、最近、第一王子殿下がいつも同じ女性と一緒におられるという目撃情報がいくつもあるんです。お聞きになったことがありますか? その女性がどこの家のご令嬢なのかまではまだわからないのですが、もしご心配でしたら、調べてみることもできましてよ」

「マリア様、ありがとうございます。私もそのことは存じていますので、お手を煩わせるまでもございませんわ」

 以前は、その時その時で違う令嬢と一緒にいたマクシミリアンだが、ここ数ヶ月はいつも同じ令嬢が一緒だった。しかもその令嬢との目撃情報が出るようになってからはマクシミリアンは娼館にも行かなくなっていたようだった。

 そのことはユリアも知っていたが、その令嬢の名前はまだ知らなかった。それも当然で、マクシミリアンと同い年の彼女は、最近フェアラート男爵家の養女になったばかりで、まだ社交界に正式にデビューしていなかった。
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