- なし
# 5
第五話 俺は勇者の末裔なんだぜ
魔石の破壊を確認した直後、集中強化、魔力強化などのスキル、魔法を全て解いたが、身体中に染み付いた痛みは一向に収まらない。もはや彼女が無事なのかどうかを確認する余裕すらない
再度魔力強化を使用し、目を強化しようとしても、魔力が体内に全く存在していないのか、視界は赤く潰れたままだ。五感が消え失せてゆく。痛みすらも曖昧で、声を出すことすらままならない。なにやら声が聞こえるような気もするが、それを受け止める耳は機能に不調を抱えている
俺は、死ぬのか。いやだ、なんで、俺が死ななくちゃならない。死にたくなんかない。待て、落ち着け。俺は勇者の末裔なんだ。死ぬわけがないじゃないか。だって勇者は正しい。正義の見方である筈だ。その末裔も、同じだろう。死なない筈なんだ
なのにどうして、こんなにも死が恐ろしい
▲▽
side エクス・フォン・ホーリーナイツ
「いいや、逃げない」
思えば出会いからして、かの青年には何処か違和感があった。近頃は昔ほど珍しくなくなった暗い闇を思わせる黒髪。短髪の彼の服には少々汚れが目立つが、農作業に従事していたと考えれば、不思議ではない。では何故、彼はその作業から抜け出し、このような場所で我々と対峙しているのだろうか
よく観察してみると、見える範囲だけでも腕や首、足などのあちこちに真新しい生傷がある。それも切り傷だけではない。なにか強い衝撃を受けてか、腕は紫色に腫れているようだ
にも関わらず等の本人はそれを気にした様子すら見せずに、動揺や、怯えの一欠片すら表情に浮かべずに、団長と会話をしている
団長も青年の傷には気が付いた筈だが、団長はそれに触れる事はなく、私達は青年の案内で村まで案内された。道中、道に血痕が飛び散っており、魔物の仕業かと騎士団長含め、騎士団全員が警戒を強めたが、青年は気恥ずかしそうに
「あー…ごめんなさい。それ、俺のです。なかなか消えなくて…」
どうやら青年が作った血溜まりだったらしい。おおよそ動物の解体か何かの作業の後片付けを怠ったか、そんな所だろう。足を止めずにそのまま村へと歩みを進める青年に、我々は警戒を解き続くが、青年は気を緩めたまま芯の無い、弱々しい歩を進めるばかり。団員の何名かはそれに吊られて気を緩めてしまっている
「…おい、エクス。気付いたか? 」
「ええ、団員達の事ですよね。彼に釣られて、気を緩めてしまっている。情けない話です」
いきなり顔を近付けて、潜めた声で話しかけてきたと思ったら、団長は呆れた様子で、わたしの顔を見ながら大きく溜め息を吐いた
「違う、そうじゃねぇ。あの男の事だ」
団長を様子をよく見てみると、なにやら警戒をしているようで、いつでも剣を引き抜けるように、柄には手が添えられており、鋭い眼光は、勝手に死んでしまいそうなくらいひ弱な青年へと向けられている
「彼がどうかしたんです? 何処にでも居そうなただの平民じゃないですか」
「あのな、何処の村に頭から血を流しながら笑って会話する平民が居るってんだよ。良いか? エクス。あれは狂人の類いだ。あれの近くでは警戒を解くな。あれと二人きりになるのも不味い。お前が団員らに馴染めていないのは重重承知だが、村の中では団員と行動を共にしろ。単独行動は許さん。良いな? 」
血を流してだとか、狂人だとか。脅し文句のような言葉と、真剣な表情で。冗談みたいな事を言う団長の話を話し半分くらいで頭に置いておきつつも、わたしは、彼に興味を持って、接触の機会を伺い、蔵に食材を取りに行く様に彼が命じられたタイミングで、手伝いを名乗り出た
「おいエクス、何を考えてる。俺の命令が聞けないのか? 」
「団長、痛いです。離して下さい。私ってば華奢な女の子なんですから、団長みたいな筋肉達磨にがっつかれちゃ身体が持ちません」
団長に捕まれた右腕を引っ張り、団長の両腕を強引に捻り上げながら言うと、あっさりと解放してくれた。昔から腕力と魔力にだけは自信がある。この二つだけなら団長にだって負けはしない
「ところで騎士さま。騎士さま達は一体、どの様な任務でこの地に? 言っちゃ何ですがこの辺りに騎士さま達が相手をするような魔物なんてそうそう出ませんし、村の連中も不安がっているようで…」
先程とは打ってかわって不安そうな表情を浮かべ、わたしに恐る恐る質問をする彼からは、危険性などほんの少しも感じ取れなかった。きっと、わたしと同じだ。その身に纏う雰囲気のせいで、彼はただ、勘違いされ易いだけなのだ
「そこを何とか! お願いします…村の子供達を安心させてやりたいんです…」
深々と頭を下げる青年からは、他者への思いやりの心がひしひしと感じて取れた。こんなにも心優しい青年を狂人だなんて、団長の目は節穴だ
本当はいけないことだけど、冗談めかして情報を流してあげると、彼は深く考え込むような様子を見せたが、詳細は伏せてあるし、問題はないだろう
「よいしょっと。へへ。ただいま戻りましたよー」
「エクス! 無事だったか! お前はいつもいつも…心配させやがって」
蔵から食堂へと食材を運び終え、団長の元へと戻ると団長は大袈裟にわたしの心配をして大騒ぎするものですから、わたしは団長の勘違いを怒るような気も失せてしまって
事件が起きたのは団長と食堂で食事を済ませた後の事でした。わたしの素行や、態度が気に食わなかったのでしょうか
わたしは血筋の影響で闇属性との相性が著しく悪いのですが、そこを突かれてしまい、闇の魔道具を媒体に発動された弱化の魔法により、私は力の大半を封じられ、二名の団員の憂さ晴らしの標的にされてしまったようで
装備も、鎧も奪われてしまい、魔道具のせいで魔法もロクに使えない、最悪の状況。人なんて滅多に通らないだろう路地に連れ込まれてしまって、助けなんて来ないだろうと、半ば諦めていたその時、彼は自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら、余裕綽々とした様子で
「これはこれは騎士サマ方。こんな所で、なにをなさっているので? 」
お前の悪事はお見通しだとでも言わんばかりの嫌になるくらいに歪んだ笑みで、彼は二人に問いかけます。二人は一瞬は同様した様子でしたけど、彼が丸腰なのを確認すると、強気の態度で、大声で威嚇をしました
「いえいえ、そんな。しかしながら騎士サマ方。死霊術師の脅威が迫っていると言うのに、仲間同士で争うなんて、騎士団長が知ったらどう思われるか、少しはその足りない頭で考えた方が宜しいのでは? 」
明らかに不利な状況にも関わらず、余裕の笑みを崩さず、彼は聴く者の精神を逆撫でするような言葉を意図的なのか、選び、吐き出し続けて
二人は彼の策略にまんまとかかり、わたしの事を放って、二人して彼を捕らえにかかりますが、ひょろひょろとして覇気のない見た目に反して、妙にサマになっている動きで、二人の攻撃を的確に、最低限の動きで回避し、一掴みの砂といくつかの小石だけで、騎士二人を一時的とはいえ圧倒して見せたではありませんか
「大丈夫ですか? どこか痛むところは? 」
彼の顔を見て、わたしは漸く団長が彼を狂人だなんだと言っていた理由を理解しました。わたしの事を心配した様子で、笑いかける彼の頭部からは、赤い液体がダラダラと流れて、額を伝って、それは地面へと垂れ落ちていて
村に来る道中に目撃した、血痕。あれは、彼のものだったのです。彼が、解体した家畜の血液などではなく、正真正銘、彼が流した血液
魔物や動物にやられたのなら、それらの痕跡が残っていなければおかしい。であれば、あれは、同族同士、彼が村の人間から暴行を受けた痕跡以外の何者でもない
「ッ…はやく逃げて」
弱くなっているとは言え、彼と比べればわたしの身体は頑丈ですし、二人の攻撃にも耐えられますが、彼の場合、怒りに任せて放たれる二人の攻撃に耐えられず、死んでしまうかもしれない
わたしが、彼を護らないと。密かに覚悟を決め、立ち上がると、彼はなにを勘違いしたのか一つ大きく頷きながら、わたしの言葉を聴いていないかのように二人の後を付いていってしまって
弱体化したわたしでは、二人の騎士を相手取る事は難しく、どうしても一対一と一対一の形になってしまう。二人は腐っても日々の鍛練により鍛え抜かれた歴戦の騎士だ。彼の戦える土俵ではない筈
「おらおら、よそ見してる暇なんてあんのかよ! 」
正直、目の前の一人を相手にするのだってギリギリの状況。目の前の騎士を倒して救援に向かおうにも、下手をすれば、わたしの方がやられてしまって、彼の負担を大きくしてしまう。それだけは避けないと
格闘術は苦手だけど、得意不得意を嘆いている場合じゃない。鞘に納められたままとは言え、相手は剣を降るっている。それに対して、わたしは素手。相手は鎧を着込んでいるが、わたしは鎧を脱がされてしまっている
だけど、諦める訳にはいかない。ここでわたしが諦めたら、彼の努力が無駄になる。それだけは絶対に避けなければ
「おい、待て、なんだよあれ…」
最悪だ。邪悪な気配を感じ振り向くと、そこには数を数えるのも嫌になる程のスケルトンの軍勢が、此方へ向けて歩みを進めていた。近くに三十、奥の方にもぽつぽつと数えるのが億劫になるほどの数
わたしと相性の悪い、アンデットの魔物。弱点を克服する為に連れてこられたのだけど、このままじゃ弱点を克服する前に、死んでしまう
「じ、冗談じゃねぇ! 俺は逃げるからな! 後はお前がなんとかしろ! 」
彼と戦っていた騎士はスケルトンに心臓を突き刺され、死亡してしまったし、もう一人も怖じけづいて何処かへ走り去ってしまった。この場でスケルトンの相手を出来るのは、わたし一人だけ。一先ずは彼を、この場から少しでも遠ざけなければ
安心してくれるように出来るだけ笑顔を作って、罪悪感なんて感じなくて良いように言葉を尽くして。暗い表情を浮かべた彼の目線はわたしの左腕をまっすぐに見詰めていた。負傷していることに気が付いてしまったのでしょう。勝算がないのだと、察してしまったのでしょう
「いいや、逃げない」
狂人のように目を大きく見開き、彼はまるで、長年の夢が叶う瞬間のような笑みを浮かべ、抜き身の剣を幻視させる研ぎ澄まされた鋭い声で言葉を吐き出す。誰に言う訳でもなく、自分に言い聞かせるように
一心不乱にスケルトンに襲い掛かる姿は、まるで獣のようで。とても同じ人間とは思えない、化物染みた動きに目を奪われつつも、スケルトンの攻撃に注意しつつ、的確に急所を狙い、数を減らす為に剣を振るう
聖属性の魔力と闇属性の魔力は、互いが互いに強く影響し合う関係にある。つまり、相手から見て、わたしは天敵に見えている筈だ。動きも鈍重なものだし、攻撃を食らう心配はない
止まぬアンデットの増援に、一時はどうなることかと思ったけど、彼の予想以上の働きによって、スケルトンの数も大幅に減少している。この調子ならあと少しでスケルトンの軍勢を全滅させ、生き残る事が出来るかと、気を抜いた、その時だった
存在を認識しただけで、殺されてしまうのではないかと錯覚する程の濃密な殺気。異様なまでに濃い死の気配。周囲への警戒を強めていると、一体の骸骨騎士が何かに追われるようにして目の前に現れた
骸骨騎士なんてものはありふれたアンデットだ。問題はその、ありふれたアンデットが、異常であるという事
全身が漆黒に変化した、おぞましい程の死の瘴気を纏う骸骨騎士は、明らかに格上。骸骨騎士の口が歪む。カタカタと歯を打ち鳴らし、骸骨騎士は醜く嗤っている。彼は骸骨騎士の存在に気付けていない。そう確信した瞬間、彼を護ろうと、身体が勝手に動いていた
黒色の骸骨騎士の一撃は通常の個体のものよりも遥かに重く、わたしの左腕は完全に使い物にならないくらいにひしゃげてしまった。想像を絶する痛みと、アンデットの気にあてられ、意識がはっきりとしない。でも、意識を失う訳にはいかない。彼に情報と、あのアンテットに通用する、魔法をかけてあげないと
意識が朦朧とする中、彼に骸骨騎士についての情報を伝え、彼の持つ剣に聖属性の魔力を付与すると、彼はよりいっそう笑みを深くして、すぐさま黒色の骸骨騎士へと飛び掛かった。ここまで追い込まれてなお、彼の心は折れていないのだ
剣を支えに立ち上がると、黒色でない、見慣れた骸骨騎士が複数体、獲物を吟味するような此方を見つめている。おそらくあの黒色の骸骨騎士の配下なのだろう。なにやら指示を受けたのか、通常個体の骸骨騎士は私達を無視して村の方へと向かおうとしている
団員の大半は村の外に大量発生しているアンデットの制圧に向かっている筈だ。村の警備は必要最低限しかされていない。そんな状態で骸骨騎士の突然の襲撃に耐えられるかといえば、少し不安が残る。それに彼が頑張っているというのに、わたしがこれくらいで根を上げていては、王国を護る騎士団の副団長の名が廃る
痛みと疲労感で震える身体に鞭を打ち、わたしは骸骨騎士三体を相手取り、勝ち筋の見えない長期戦へと身を投じた。数合打ち合っただけで身体は悲鳴をあげ、思わず剣を手放してしまいたくなるが、ここで、こんな所で諦める訳にはいかない
骸骨騎士の剣撃を躱し、逸らし、有り余る聖属性の魔力を纏わせた剣を振るい、骸骨騎士を粉砕する。この場に居るのがわたし一人だけなら、自爆覚悟でもコントロールの効かない聖属性魔法を撃つ方がまだ勝率が高いが、この場には彼がいる
再度魔力強化を使用し、目を強化しようとしても、魔力が体内に全く存在していないのか、視界は赤く潰れたままだ。五感が消え失せてゆく。痛みすらも曖昧で、声を出すことすらままならない。なにやら声が聞こえるような気もするが、それを受け止める耳は機能に不調を抱えている
俺は、死ぬのか。いやだ、なんで、俺が死ななくちゃならない。死にたくなんかない。待て、落ち着け。俺は勇者の末裔なんだ。死ぬわけがないじゃないか。だって勇者は正しい。正義の見方である筈だ。その末裔も、同じだろう。死なない筈なんだ
なのにどうして、こんなにも死が恐ろしい
▲▽
side エクス・フォン・ホーリーナイツ
「いいや、逃げない」
思えば出会いからして、かの青年には何処か違和感があった。近頃は昔ほど珍しくなくなった暗い闇を思わせる黒髪。短髪の彼の服には少々汚れが目立つが、農作業に従事していたと考えれば、不思議ではない。では何故、彼はその作業から抜け出し、このような場所で我々と対峙しているのだろうか
よく観察してみると、見える範囲だけでも腕や首、足などのあちこちに真新しい生傷がある。それも切り傷だけではない。なにか強い衝撃を受けてか、腕は紫色に腫れているようだ
にも関わらず等の本人はそれを気にした様子すら見せずに、動揺や、怯えの一欠片すら表情に浮かべずに、団長と会話をしている
団長も青年の傷には気が付いた筈だが、団長はそれに触れる事はなく、私達は青年の案内で村まで案内された。道中、道に血痕が飛び散っており、魔物の仕業かと騎士団長含め、騎士団全員が警戒を強めたが、青年は気恥ずかしそうに
「あー…ごめんなさい。それ、俺のです。なかなか消えなくて…」
どうやら青年が作った血溜まりだったらしい。おおよそ動物の解体か何かの作業の後片付けを怠ったか、そんな所だろう。足を止めずにそのまま村へと歩みを進める青年に、我々は警戒を解き続くが、青年は気を緩めたまま芯の無い、弱々しい歩を進めるばかり。団員の何名かはそれに吊られて気を緩めてしまっている
「…おい、エクス。気付いたか? 」
「ええ、団員達の事ですよね。彼に釣られて、気を緩めてしまっている。情けない話です」
いきなり顔を近付けて、潜めた声で話しかけてきたと思ったら、団長は呆れた様子で、わたしの顔を見ながら大きく溜め息を吐いた
「違う、そうじゃねぇ。あの男の事だ」
団長を様子をよく見てみると、なにやら警戒をしているようで、いつでも剣を引き抜けるように、柄には手が添えられており、鋭い眼光は、勝手に死んでしまいそうなくらいひ弱な青年へと向けられている
「彼がどうかしたんです? 何処にでも居そうなただの平民じゃないですか」
「あのな、何処の村に頭から血を流しながら笑って会話する平民が居るってんだよ。良いか? エクス。あれは狂人の類いだ。あれの近くでは警戒を解くな。あれと二人きりになるのも不味い。お前が団員らに馴染めていないのは重重承知だが、村の中では団員と行動を共にしろ。単独行動は許さん。良いな? 」
血を流してだとか、狂人だとか。脅し文句のような言葉と、真剣な表情で。冗談みたいな事を言う団長の話を話し半分くらいで頭に置いておきつつも、わたしは、彼に興味を持って、接触の機会を伺い、蔵に食材を取りに行く様に彼が命じられたタイミングで、手伝いを名乗り出た
「おいエクス、何を考えてる。俺の命令が聞けないのか? 」
「団長、痛いです。離して下さい。私ってば華奢な女の子なんですから、団長みたいな筋肉達磨にがっつかれちゃ身体が持ちません」
団長に捕まれた右腕を引っ張り、団長の両腕を強引に捻り上げながら言うと、あっさりと解放してくれた。昔から腕力と魔力にだけは自信がある。この二つだけなら団長にだって負けはしない
「ところで騎士さま。騎士さま達は一体、どの様な任務でこの地に? 言っちゃ何ですがこの辺りに騎士さま達が相手をするような魔物なんてそうそう出ませんし、村の連中も不安がっているようで…」
先程とは打ってかわって不安そうな表情を浮かべ、わたしに恐る恐る質問をする彼からは、危険性などほんの少しも感じ取れなかった。きっと、わたしと同じだ。その身に纏う雰囲気のせいで、彼はただ、勘違いされ易いだけなのだ
「そこを何とか! お願いします…村の子供達を安心させてやりたいんです…」
深々と頭を下げる青年からは、他者への思いやりの心がひしひしと感じて取れた。こんなにも心優しい青年を狂人だなんて、団長の目は節穴だ
本当はいけないことだけど、冗談めかして情報を流してあげると、彼は深く考え込むような様子を見せたが、詳細は伏せてあるし、問題はないだろう
「よいしょっと。へへ。ただいま戻りましたよー」
「エクス! 無事だったか! お前はいつもいつも…心配させやがって」
蔵から食堂へと食材を運び終え、団長の元へと戻ると団長は大袈裟にわたしの心配をして大騒ぎするものですから、わたしは団長の勘違いを怒るような気も失せてしまって
事件が起きたのは団長と食堂で食事を済ませた後の事でした。わたしの素行や、態度が気に食わなかったのでしょうか
わたしは血筋の影響で闇属性との相性が著しく悪いのですが、そこを突かれてしまい、闇の魔道具を媒体に発動された弱化の魔法により、私は力の大半を封じられ、二名の団員の憂さ晴らしの標的にされてしまったようで
装備も、鎧も奪われてしまい、魔道具のせいで魔法もロクに使えない、最悪の状況。人なんて滅多に通らないだろう路地に連れ込まれてしまって、助けなんて来ないだろうと、半ば諦めていたその時、彼は自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら、余裕綽々とした様子で
「これはこれは騎士サマ方。こんな所で、なにをなさっているので? 」
お前の悪事はお見通しだとでも言わんばかりの嫌になるくらいに歪んだ笑みで、彼は二人に問いかけます。二人は一瞬は同様した様子でしたけど、彼が丸腰なのを確認すると、強気の態度で、大声で威嚇をしました
「いえいえ、そんな。しかしながら騎士サマ方。死霊術師の脅威が迫っていると言うのに、仲間同士で争うなんて、騎士団長が知ったらどう思われるか、少しはその足りない頭で考えた方が宜しいのでは? 」
明らかに不利な状況にも関わらず、余裕の笑みを崩さず、彼は聴く者の精神を逆撫でするような言葉を意図的なのか、選び、吐き出し続けて
二人は彼の策略にまんまとかかり、わたしの事を放って、二人して彼を捕らえにかかりますが、ひょろひょろとして覇気のない見た目に反して、妙にサマになっている動きで、二人の攻撃を的確に、最低限の動きで回避し、一掴みの砂といくつかの小石だけで、騎士二人を一時的とはいえ圧倒して見せたではありませんか
「大丈夫ですか? どこか痛むところは? 」
彼の顔を見て、わたしは漸く団長が彼を狂人だなんだと言っていた理由を理解しました。わたしの事を心配した様子で、笑いかける彼の頭部からは、赤い液体がダラダラと流れて、額を伝って、それは地面へと垂れ落ちていて
村に来る道中に目撃した、血痕。あれは、彼のものだったのです。彼が、解体した家畜の血液などではなく、正真正銘、彼が流した血液
魔物や動物にやられたのなら、それらの痕跡が残っていなければおかしい。であれば、あれは、同族同士、彼が村の人間から暴行を受けた痕跡以外の何者でもない
「ッ…はやく逃げて」
弱くなっているとは言え、彼と比べればわたしの身体は頑丈ですし、二人の攻撃にも耐えられますが、彼の場合、怒りに任せて放たれる二人の攻撃に耐えられず、死んでしまうかもしれない
わたしが、彼を護らないと。密かに覚悟を決め、立ち上がると、彼はなにを勘違いしたのか一つ大きく頷きながら、わたしの言葉を聴いていないかのように二人の後を付いていってしまって
弱体化したわたしでは、二人の騎士を相手取る事は難しく、どうしても一対一と一対一の形になってしまう。二人は腐っても日々の鍛練により鍛え抜かれた歴戦の騎士だ。彼の戦える土俵ではない筈
「おらおら、よそ見してる暇なんてあんのかよ! 」
正直、目の前の一人を相手にするのだってギリギリの状況。目の前の騎士を倒して救援に向かおうにも、下手をすれば、わたしの方がやられてしまって、彼の負担を大きくしてしまう。それだけは避けないと
格闘術は苦手だけど、得意不得意を嘆いている場合じゃない。鞘に納められたままとは言え、相手は剣を降るっている。それに対して、わたしは素手。相手は鎧を着込んでいるが、わたしは鎧を脱がされてしまっている
だけど、諦める訳にはいかない。ここでわたしが諦めたら、彼の努力が無駄になる。それだけは絶対に避けなければ
「おい、待て、なんだよあれ…」
最悪だ。邪悪な気配を感じ振り向くと、そこには数を数えるのも嫌になる程のスケルトンの軍勢が、此方へ向けて歩みを進めていた。近くに三十、奥の方にもぽつぽつと数えるのが億劫になるほどの数
わたしと相性の悪い、アンデットの魔物。弱点を克服する為に連れてこられたのだけど、このままじゃ弱点を克服する前に、死んでしまう
「じ、冗談じゃねぇ! 俺は逃げるからな! 後はお前がなんとかしろ! 」
彼と戦っていた騎士はスケルトンに心臓を突き刺され、死亡してしまったし、もう一人も怖じけづいて何処かへ走り去ってしまった。この場でスケルトンの相手を出来るのは、わたし一人だけ。一先ずは彼を、この場から少しでも遠ざけなければ
安心してくれるように出来るだけ笑顔を作って、罪悪感なんて感じなくて良いように言葉を尽くして。暗い表情を浮かべた彼の目線はわたしの左腕をまっすぐに見詰めていた。負傷していることに気が付いてしまったのでしょう。勝算がないのだと、察してしまったのでしょう
「いいや、逃げない」
狂人のように目を大きく見開き、彼はまるで、長年の夢が叶う瞬間のような笑みを浮かべ、抜き身の剣を幻視させる研ぎ澄まされた鋭い声で言葉を吐き出す。誰に言う訳でもなく、自分に言い聞かせるように
一心不乱にスケルトンに襲い掛かる姿は、まるで獣のようで。とても同じ人間とは思えない、化物染みた動きに目を奪われつつも、スケルトンの攻撃に注意しつつ、的確に急所を狙い、数を減らす為に剣を振るう
聖属性の魔力と闇属性の魔力は、互いが互いに強く影響し合う関係にある。つまり、相手から見て、わたしは天敵に見えている筈だ。動きも鈍重なものだし、攻撃を食らう心配はない
止まぬアンデットの増援に、一時はどうなることかと思ったけど、彼の予想以上の働きによって、スケルトンの数も大幅に減少している。この調子ならあと少しでスケルトンの軍勢を全滅させ、生き残る事が出来るかと、気を抜いた、その時だった
存在を認識しただけで、殺されてしまうのではないかと錯覚する程の濃密な殺気。異様なまでに濃い死の気配。周囲への警戒を強めていると、一体の骸骨騎士が何かに追われるようにして目の前に現れた
骸骨騎士なんてものはありふれたアンデットだ。問題はその、ありふれたアンデットが、異常であるという事
全身が漆黒に変化した、おぞましい程の死の瘴気を纏う骸骨騎士は、明らかに格上。骸骨騎士の口が歪む。カタカタと歯を打ち鳴らし、骸骨騎士は醜く嗤っている。彼は骸骨騎士の存在に気付けていない。そう確信した瞬間、彼を護ろうと、身体が勝手に動いていた
黒色の骸骨騎士の一撃は通常の個体のものよりも遥かに重く、わたしの左腕は完全に使い物にならないくらいにひしゃげてしまった。想像を絶する痛みと、アンデットの気にあてられ、意識がはっきりとしない。でも、意識を失う訳にはいかない。彼に情報と、あのアンテットに通用する、魔法をかけてあげないと
意識が朦朧とする中、彼に骸骨騎士についての情報を伝え、彼の持つ剣に聖属性の魔力を付与すると、彼はよりいっそう笑みを深くして、すぐさま黒色の骸骨騎士へと飛び掛かった。ここまで追い込まれてなお、彼の心は折れていないのだ
剣を支えに立ち上がると、黒色でない、見慣れた骸骨騎士が複数体、獲物を吟味するような此方を見つめている。おそらくあの黒色の骸骨騎士の配下なのだろう。なにやら指示を受けたのか、通常個体の骸骨騎士は私達を無視して村の方へと向かおうとしている
団員の大半は村の外に大量発生しているアンデットの制圧に向かっている筈だ。村の警備は必要最低限しかされていない。そんな状態で骸骨騎士の突然の襲撃に耐えられるかといえば、少し不安が残る。それに彼が頑張っているというのに、わたしがこれくらいで根を上げていては、王国を護る騎士団の副団長の名が廃る
痛みと疲労感で震える身体に鞭を打ち、わたしは骸骨騎士三体を相手取り、勝ち筋の見えない長期戦へと身を投じた。数合打ち合っただけで身体は悲鳴をあげ、思わず剣を手放してしまいたくなるが、ここで、こんな所で諦める訳にはいかない
骸骨騎士の剣撃を躱し、逸らし、有り余る聖属性の魔力を纏わせた剣を振るい、骸骨騎士を粉砕する。この場に居るのがわたし一人だけなら、自爆覚悟でもコントロールの効かない聖属性魔法を撃つ方がまだ勝率が高いが、この場には彼がいる
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