著者 夢喰い鯨
  • なし
# 1

覗いちゃダメよ♡

 この話はもう、十年ほど前のことになるでしょうか。
 当時、私は大学生でした。夏休み前日、放課後にいつもの四人でゲーセンに集まって、明日から何をするかで盛り上がっていました。ドライブしようと言うB男、旅行に行きたいと言うC子、綺麗な海が見たいと言うD美。私はどうなのかとC子に聞かれたんですが、特にこれといって思いつかなかったので安直に「夏だし肝試しなんかどうだ」と言ってしまったんです。すると、皆口を揃えて「いいね、それ!」と賛同されてしまって。早速明日行こうとなったんです。

 そして、次の日。夜十時に待ち合わせのファミレスへ着くと、駐車場から「こっちこっち!」と声がしました。見ると、B男が車の窓から手招きしていたので、店には入らずB男の方へ小走りで向かいました。助手席に座ると、不機嫌そうなB男からC子とD美が予定が入って来れなくなったと聞かされました。
「ったく、せっかく準備もしてきたのに野郎二人で深夜のドライブデートかよ」
 B男の気持ちも理解できましたが、そういうこともあるさと宥めながら今日のこれからを話したんです。皆揃ってから改めてにして、今日は解散するなり飲みに行くなりでもいいが、どうするのかと。すると、B男は今日は肝試しに行くって決めてたから何が何でも行くと言うんです。B男はイライラすると頑固一徹になるので、B男がそう言うならと止めることはしませんでした。

「ところで今日はどこに肝試しに行くんだ?」
 走り出した車の中で、聞き忘れていた行き先をB男に聞きました。B男曰く、今回の目的地は中型温泉施設だったところだそうで、車で約三時間くらいのところにあるらしい。スマホでネットの画像を見せられましたが、なかなか雰囲気のありそうな廃墟でした。ネットの記事にも「最恐スポット」や「絶対に行ってはいけない」など、恐怖を煽るようなワードが散見されます。
「そこさ、ルーレットで決めたんだよ。五回ともそこだったんだぜ?行くしかないじゃん!」
 B男が言うには、目的地候補に近場の心霊スポットを十か所ピックアップして、どこにしようか迷っていたそう。そこで、ネットのルーレットで決めようと思い立ち、やってみると一回目のルーレットで元中型温泉施設を指したという。で、何となく二回目を回したところ、また同じ場所が指された。そして、三回目、四回目、五回目も同じ結果だったということで、これは行くしかないとなったそうです。
「それ、何か危なくないか?」
「なんだよ、ビビッてんのか?」
 B男は微塵の不気味さも感じていないのか、ニヤニヤしながら肘で小突いてきます。
「いや、そういう訳じゃないけど……」
 そんなB男を見ていると自分の気にし過ぎなんだろうと思えてきて、口をつぐんでしまいました。
 でも。今にして思えば、やっぱり帰ろう、って言って無理やりにでも引き返してれば良かったんですよね。そうすれば――。


 車を走らせてから三時間弱。私たちはヘッドライトに照らされた不気味な門扉の前に立っていました。鉄格子の扉には鎖が幾重にも巻き付けられており、さすがに力ずくではどうすることもできません。車での侵入は諦めて、懐中電灯と鞄だけを持ってよじ登って中に入りました。
「THE・廃墟! って感じで雰囲気あるな~」
 怖いもの知らずなB男は、まるで遊園地に来た子供のように顔を輝かせていました。一方私は、実物の廃墟を目の当たりにして、画像とは違う不気味さに膝を震わせていたんですよ。だって蒸し暑いはずなのに、背中をつたう汗が冷たいんです。生温い風が吹いてくるたびに、誰かに撫でられてるかのように感じるんです。意識を強くもたないと、背後の暗闇に吸い込まれそうになるんです。
「ん~、でも何か思ってたより小さいな」
 辺りが暗くて敷地の全貌はわかりませんが、今目の前にある建物はに二階建てで、小学校の体育館ほどの大きさしかありませんでした。イメージと違ってがっかりするB男の横で、私は内心安堵していました。さっさと終わらせて、さっさと帰れると。そう少しだけ喜びつつ、入口に向かって歩いていくB男に置いて行かれないように、慌てて後を追いました。

 中は想像していた通りに荒れ果てており、壁や天井は塗装が剥がれてボロボロでところどころに大小様々な穴があいていました。床には瓦礫やガラス、紙くずやお菓子のゴミなどが散乱しており、かなり埃っぽく殺伐としています。入口から入ってすぐ右手に、受付だったであろうカウンターと二階へ続く階段があり、左手には長い通路と幾つかの扉がありました。
「とりあえず一階から順番に見て回るか!」
 通路を無遠慮にずかずかと進んでいくB男にもう少し静かにしてくれと思いながら、一つ目の扉を開きました。そこには脱衣所があり、その奥にはかなり大きめの浴場が見えます。脱衣所には木の棚だけがポツンと寂しげに佇み、大浴場には大きなスプレーでの落書き、浴槽内にはひび割れたタイルが大量に積まれていました。
「何かこう、得体の知れない液体でも溜まってりゃあちっとは面白いのになあ……そう思うだろ?」
 浴槽内に赤黒い液体が溜まっているのを想像してしまい、B男の言葉に返事ができませんでした。何を想像したのかを察したのか、B男は豪快に笑いながら私の背中をバシバシ叩くと、「次行くぞ次!」と足早に移動しました。

 タイル張りの大浴場の隣には、木造りの大浴場がありました。この大浴場はやはり水に強く腐りにくい木材を使用しているのでしょう、変色したであろうこと以外の損傷は比較的浅いことが見てとれました。とは言え、綺麗とは言い難い上に、何やら変な臭いがするのであまり触れたくはありませんでしたが。
 その後もしばらく一階を探索していましたが、この大浴場の隣にはサウナや岩盤浴、砂風呂用の部屋が幾つかあり、どうやら一階はすべて温泉施設で、二階に宿泊施設が集中しているようです。一階を一通り見て回った感じでは特に何もなかったし、起きなかったので二階へ行ってみることにしました。この頃には、私の恐怖心もすっかり薄れていたのです。

「あ……」
 階段を上っている最中、B男が急に足を止めました。どうしたのかと聞いてみても、いや何でもないと首を振ります。B男の表情を見ても特に不安そうな色はなかったので、何か忘れ物でもしたのかと気にしないことにしました。
「そうだ、二階は部屋数が多そうだから手分けしないか?」
 B男のそんな提案に忘れかけていた恐怖心がひょっこりと顔をだします。さすがに一人で見回るのは怖い。でも、嫌だと言ってもどうせ馬鹿にされるのはわかっていました。さっさと見て回ってさっさと終わらせるチャンスだと思い、意を決してその提案を受け入れました。何か遭ったり見つけたらお互いを呼ぶこと、先に探索が終わったらこの階段前で待つことを約束し、私は左に進む通路を、B男は奥に進む通路をそれぞれ進んで行きました。

 一つ目の部屋に入り、中を調べてみました。破れて綿やバネが飛び出したボロボロのシングルベッドが二つ、鏡がひび割れている化粧台、備え付けの狭いシャワールーム、扉が外れたクローゼットがあるくらいで、B男が喜びそうなモノは何もありませんでした。
 一人になった途端、懐中電灯で壁や天井を照らした時に虫がいたりすると、いちいちビクッと驚いている自分に情けなさを感じつつ、ふとあることを思いつきます。今は一人だからこそ、馬鹿正直に部屋を回らなくても良いじゃないかと。もう見て回ったことにして、一足先に階段で待っているのはどうかと。言い出しっぺとしても男としても随分卑怯な気がしましたが、怖いものは怖いんですから。それが良いと部屋を出ようとした時でした。

「うわぁあああぁぁあぁぁぁ!!!」

 突然、大きな叫び声が響き渡りました。私は何事かと慌てて部屋を飛び出し、B男を呼びます。しかし、B男からの返事はなく、辺りはしんと静まり返っていました。一瞬足を踏み出すことに躊躇してしまいましたが、友人の一大事とあっては行かなければならないと奮起してB男が進んだ通路へ向かいました。
「B男! 大丈夫か!?」
 何度呼んでも返事はなく、手あたり次第に部屋を探しました。しかし、B男の姿はなく、不安と焦燥だけが募っていきます。とうとう一番奥の部屋まで辿り着いてしまい、祈るような気持ちで扉を開きました。その瞬間、開いた扉から黒い何かが飛び出してきたんです。
「ばぁー!!」
「うぎゃああぁあぁぁ!!!」
 思わず、私は情けないくらい大きな叫び声をあげて、ぺたんと尻もちをついてしまいました。
「あはははは! 俺だよ、俺」
 B男は腹が立つくらいのにやけ顔を、自分が持っていた懐中電灯で顎から照らしました。状況を理解しても動悸がおさまらず、恥ずかしさのあまり怒りもこみ上げて怒鳴ってしまったんです。だって仕方ないでしょう。いくら何でもタチが悪いじゃありませんか。
「そう怒んなって! せっかく面白そうなの見つけたからさっき思いついたイタズラで呼んでやったのに。雰囲気あったろ?」
 さっき階段で立ち止まったのはこれを思いついたのでしょう。B男らしいと言えばらしいが、正直こういう場面では勘弁して欲しいのが本音でした。悪気はないのかもしれないが、これではいつ心臓が止まってもおかしくありません。それくらい私は小心者なのです。
「で、面白そうなのって?」
 溜息交じりに、B男が見つけたというものを聞いてみました。すると、B男は片手に持っていた青いノートをひらひらとさせています。秘密のノートでも見つけたのかと思いましたが、どうやら日記帳なのだそうです。少しだけ読んでみた感じ普通の日記帳のようだが、まだ全部は読んでないから一緒に読んでみよう、ということでした。

「どれどれ……」

 B男が言うように、最初の方は学校や友達との話など他愛のないものばかりで、特に不自然な内容はありませんでした。しかし、読み進めていくうちに、段々と内容が変化し始めたんです。

5月16日
ずっとひとりでいるとつまらない
おかあさんもおとうさんもはなしをしてくれない
わたしはいつもひとりぼっち

8月22日
みんないなくなった
みんなわたしをおいていった
そばにいてくれるのはころろだけ

9月1日
ころろがうごかなくなった
なんでまたおいていくの
あたらしいころろはどこ

10月13日
あたらしいころろがきた
まえのころろはおはなしできなかったから
ころろとおはなしできるようになってうれしい

10月14日
ころろがないてる
きょうもたくさんおはなししたいのに
なんでずっとむしするの

10月17日
またころろがうごかなくなった
どうしてすぐにこわれるの
おはなししてるだけなのに

6月7日
あたらしいころろがみつからない
さみしいさみしいさみしい
ひとりぼっちはいや

8月1日
あたらしいころろがほしい
こっちにおいで、おいで、おいで、おいで、おいで
ごかいもよんだ

 次のページには何も書かれていませんでした。そこはかとなく物悲しさがあり、こんな廃墟に置いてあったせいか気味の悪さもあります。西暦がないため書かれたのが何年なのかは不明だが、最後の日付が昨日の日付と同じなのも相まって、背筋に冷たいものが走りました。話のネタになるものは見つけたし、今日はもう帰ろうとB男に提案しようとその時でした。

「8月2日、ころろがきた。たくさんよんだからきてくれた。これでまた――」

 B男は何も書かれていないページを眺めながら、まるで何か書いてあるかのように喋り始めたんです。字が薄くなっているのかと目を凝らしましたが、確かにページは白紙でした。変な冗談はやめてくれとB男に言っても、ちゃんと書いてあるの一点張り。お前こそ変な冗談はやめろと、B男は不機嫌な表情を浮かべます。どうせB男の悪ふざけだろうと更に問い詰めますが、絶対に違うと。
「書いてない……何も書いてないんだって!」
「いい加減にしろって! 書いてあるじゃねえか! これでまたひとりぼっちじゃない。きてくれてありがとう、って、ちゃんとほら!」
「だから! 何度見ても何も――」
 懐中電灯の光を日記帳からB男の顔に移した時、私は見てしまったのです。B男の背後に浮かび上がった、真っ赤に充血させた目でB男を見つめ、嬉しそうに歯をむき出しにして笑う少女の顔を。


 ――そこから先の記憶はないんです。どうやら私は気を失っていたようで、たまたま巡回に来た警察官から起こされて目を覚ましたんですよね。すぐさま敷地内への不法侵入を厳重注意されましたが、何だかそれすらも安心感があったことを覚えています。
 今までの状況や経緯を聞かれ、答えていくうちにB男がいないことに気がつきました。ところが、警察官に聞いてもこの廃墟で見つかったのは私一人だと言うではありませんか。しかも、門扉前に停めていた車もなかったそうです。電話をしても繋がらないし、先に帰ったんだろうと言う警察官の言葉に、B男はそんな奴ではないのに、と内心首を傾げながらも自宅まで送ってもらいました。

 もちろん、帰ってから両親にこっぴどく怒られましたよ。でも、私はB男が気になってそれどころじゃなかったんですよね。説教が終わると、置いて帰ったことに文句の一つでも言ってやろうと、すぐにB男の家に向かいました。
 家に着きチャイムを鳴らすと、エプロン姿の母親が出てきたんです。B男はいますか、そう尋ねました。すると、母親は困った顔を浮かべ、こう言ったんです。
「昨夜出ていったっきり、まだ帰ってきてないのよね……」


 それからしばらくしてもB男は戻らず警察沙汰になり、私も色々聞かれ方々手を尽くしましたが、結局、今でもB男は行方不明のままです。一体、B男は何処にいるんでしょうね。
 ああ、関係があるかはわかりませんが、あの事件以降、時々、夢の中で誰かに「こっちこっち」と呼ばれることがあるんですよ。聞いたことあるような、ないような声で。もちろん、行く勇気はありませんが。
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