著者 岩名理子
  • なし
# 1

短編読み切り/ホラー 青きのこ

 珍しい物好き、というのは存在する。この日、市原は限りなく青に近い色彩のキノコを発見した。菌類の中でも特に青の発色をするキノコは珍しく、市原は嬉々として持って帰った。知見あるものに見てもらおうと考えたのだ。

「ソライロタケじゃないか。食ってみろよ」

 チャットで返ってきた友人の冗談に苦笑する。ソライロタケは食用であるか否かが未だわかっていない。そもそも、その辺りにあったものを曖昧なまま食うなどというのは暴挙に近い。市原は今一度、青いキノコを眺めてみた。

 シイタケがそのまま青色になったような『ソライロタケ』に確かに似ている。異なる点は、カサが大きく紺色と水色の斑点がついているところだ。

「味はどうなのかな? 食ってみろよ、人類初になるぜ」

 死んだら或る意味、伝説になるかもしれないがな、と市原は再び苦笑する。
 ひとまず、他のキノコと分けて植木鉢に入れ、置いておくことにした。
 
***

 翌朝目覚めた時、違和感を覚える。全体的に視界がうっすらと青く見える気がした。まるで色つきメガネをつけたときのような。

「おはよう、兄貴……うわっ!?」

 洗面台で声をかけられ、振り向いた瞬間、市原の弟が顔をしかめた。

「どうしたんだよ……?」

 洗面台で自分の顔をじっくり見た。だが、自分の視界はすべてが青めいていてわからない。眼科に行った方が良いだろうか、と市原は迷った。とりあえず、眼科の前に、あの青いキノコを捨てようと思った。だがそのために窓際に行くと青いキノコは驚異的に大きくなっていた。植えていたはずの鉢植えを呑みこんで机へと侵食している。

 市原は手袋をした。机から剥がすときに、バリバリと胞子が飛ぶのが気になる。吸わないよう防塵マスクをし、ゴミ袋を何重にも重ね、固くしばって車にのせようとして手を止めた。アルコールでテーブルまわりや窓枠あたりをきっちりと拭う。これで一安心だ。しかし、もともとの場所に、こんな気味の悪いキノコを戻すのも気が引けた。

 となれば、と迷った末、市原は自宅庭にあった一斗缶いっとかんに穴をあけ、青いキノコを放り込んで火を放った。火に強いキノコなどいないはずだ。これで、問題はないはずだと安心しながら。

 夕方に眼科にみせても抗菌目薬を貰う程度だった。事情を何度話しても、「どうせ色素の入ったものが目に入ったんでしょう」などと聞き流されて。不安がよぎるが、何ができるわけでもないし、藪医者め、と心の奥底で市原は毒づき、眠った。

 翌朝。

 まだ、視界は青い。いや、昨日よりさらに青かった。

 弟の部屋からこほん、と何度も咳が聴こえた。不安がよぎる。大丈夫だろうか、そう思えば思うほど胞子が飛んでいる気がする。いや、気のせいだろう、気のせいであってほしい。マスクをして、弟の部屋をノックした。

「兄さん、おはよう」

 ドアを開けた。弟の肌はキノコの菌糸が根を張ったように、濃い青が浮かび上がっていた。視界が青いのに、それでもわかる青。弟の血脈が青く見える。身体全体に青の菌糸が血のようにめぐっている。声がでなかった。

「兄さん、おはよう」

 弟の声がこもって聴こえる。手遅れだ。進行度は人によって違うのか、顔を上げた弟の眼球は闇よりも深く底知れぬ淵だった。弟の部屋の壁もベッドもパソコンも菌糸が張り巡らされている。すべてが青へと変わりゆく。

「兄さん、おはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはよう……」

 ……。

 意思がある前になんとかしなければ。せめて、この家を焼き払わなければ、市原は火を求めキッチンに向かおうとした。足を動かそうと思った時に、自身の足から菌糸が――床にしっかりと根付いていることに気づいた。

 
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