- なし
# 1
第1~3話 婚約者/従兄のプロポーズ/予行練習*
【第1話 婚約者】
ロプコヴィッツ侯爵令嬢ゾフィーは父マティアスの執務室に婚約者のコーブルク公爵令息ルドルフの件で呼び出された。
「ルドルフとの仲はどうなっている? また結婚式の延期要請がきたぞ」
「仕方ありません。領地の土砂崩れの復旧でお忙しいんですから」
「前回の延期理由は領地の小麦不作だったな。前々回は……」
「やめて下さい!」
「黙れ、私の言う事を遮るな!」
ゾフィーの婚約者ルドルフは、自家の侍女アンネと恋仲であった。彼の父コーブルク公爵アルベルトはアンネを即刻解雇したかったが、彼女を解雇すれば駆け落ちするとルドルフが脅すので、仕方なく雇い続けていた。
ルドルフが平民のアンネと結婚すると貴賤結婚となり、シュタインベルク王国の法律では原則としてルドルフも平民となって爵位継承ができなくなってしまう。シュタインベルク王国の爵位継承は男子のみで血縁関係が重要視されるから、赤の他人を養子にして爵位継承は難しい。
ただ、爵位を買う裕福な商人が増えた昨今では、結婚前に別の貴族家の養子になる抜け道も認められるようになったのだが、ルドルフの両親はそれを許すつもりはなかった。コーブルク公爵家の反対意向に背いてまで誰もあの侍女を養女にしようという家門が現れる訳がない。
しかもルドルフはコーブルク公爵家の一人息子できょうだいがいない。公爵の妹が婚家のノスティツ家で息子を2人もうけているが、妹夫婦は怠惰と放蕩で家を没落させて今はニートの長男も含めて皆、王宮の下級官吏をしている次男におんぶにだっこである。 息子が2人いる遠縁の分家ラムベルク男爵家も一家そろって妹夫婦のようなダメ人間で、他の分家は途絶えて久しい。ルドルフとゾフィー双方の両親が結婚後にアンネを愛人にすればよいと説得してもルドルフは頑として首を縦に振らなかった。
本来はゾフィーが18歳になる年に結婚するはずだったが、ルドルフはもっともらしい理由をつけて結婚を延期し続けており、ゾフィーは行き遅れと言われる20歳になってしまった。今、婚約解消したら親より年上の貴族か金満商人の後妻ぐらいしか縁談は来ないだろう。
ルドルフに至っては男性でも婚期を逃したと言われる27歳になっていた。婚期を逃している上にこんな醜聞が流れていては、いくら公爵家嫡男と言っても、ゾフィーと婚約解消すれば次の婚約者など望みようもなかった。それに色々な政治情勢も相まって、双方の両親にとっては今更婚約解消はありえなかった。
「お前はルドルフを慕っているのか?」
ゾフィーは核心をついた質問に恥ずかしくて答えられず、赤くなってうつむいた。
「いいのか、あんな平民の侍女風情に想い人をとられて?」
「そ、そうは言っても妻になるのは私なんですから」
「このままだとあの男の心は永遠にあの女のものだな。それどころか、あいつが駆け落ちしたら結婚すらなくなるぞ。それか向こうの有責で婚約解消するか? 多分ルドルフはそれを狙って何度も結婚式を延長してるんだろう」
マティアスは婚約解消の選択肢は最早ないことを承知でゾフィーにそう迫った。ゾフィーだってこの婚約が破綻していることはわかっていたが、なるべくその事を考えたくなくて、ルドルフの度重なる結婚延期要請に何も有効な対策をとれず本来の結婚予定から2年もずるずると経ってしまった。
「もしルドルフと結婚したいのなら既成事実を作りなさい。律儀なルドルフは、お前と婚約解消していない今、あの女とまだ寝ていないはずだ。お前が初めての女になって子供もできれば絆されるだろう」
「そんなことできません!」
「何もそんなに大それたことじゃない。結婚よりちょっと早く子供を作るだけだ。どうせ結婚するんだから問題はない。それにお前がぐずぐずしていると、ルドルフは我慢できなくなっていずれあの女とヤるだろうから、あの女の身体におぼれてますますお前のことなんか見なくなるぞ」
子供の頃から婚約者を愛しているゾフィーにとって、彼が他の女と抱き合うのを考えるだけで絶望と嫉妬で目の前が真っ暗になり、父親の下卑た言い方に抗議もできなかった。
愛人のところに入り浸りでほとんど帰ってこない父と、そんな父に絶望してゾフィーを異常に束縛する母の元で彼女は育ったから、自分を妹のようにかわいがってくれたルドルフと3歳年上の母方の従兄のハインリヒを慕っていた。
だがゾフィーを束縛したがる母と伯母、その息子のハインリヒはセットだったから、ゾフィーは次第にルドルフに傾倒していった。律儀なルドルフは恋人がいる今も失礼がないように婚約者としてやさしくゾフィーを扱ってくれている。でもゾフィーは、子供の頃と違い、侍女と恋仲になってからのルドルフとは距離を感じるようになっていた。それに2人は7歳も年が離れているため、ルドルフにとってゾフィーは成人後も妹のようにしか思えないようだった。
「今度の公爵家での夜会でルドルフはお前をエスコートする。彼が休憩室に行ったら、お前も行け。その前にこれを飲むんだぞ」
マティアスはそう言って媚薬らしき液体が入った小瓶をゾフィーに見せた。彼は詳しくは語らなかったが、ルドルフにも媚薬を盛るのだろう。
「公爵はこんな計画、ご承知なんですか?」
「当たり前だろう。アルベルトも息子のわがままにほとほと疲れているんだ」
ゾフィーが黙って小瓶を受け取ったことをマティアスは了承と受け止めた。
「ああ、そうだ。ビアンカやハインリヒがルドルフのことで何か言ってくるかもしれないが、無視するように」
ゾフィーの母ビアンカは不誠実なルドルフとの婚約を破棄してハインリヒと婚約しろとかねてから主張してマティアスと対立していた。もっともビアンカがハインリヒを推すのは純粋にゾフィーのためというわけでなく、ハインリヒをゾフィーと結婚させて養子に入ってもらい、ビアンカが憎む妾腹のゾフィーの弟ルーカスに侯爵家を継がせないためだった。
だが、マティアスは先の王位継承闘争で負けた派閥に与した侯爵家が負った打撃を回復させるためにゾフィーとルドルフの結婚による公爵家との繋がりは欠かせないと考えていた。当主が是とするなら、本来なら夫人の反対なんて振り切れるものなのだが、ルドルフと侍女の禁断愛と度重なる結婚式延期により、事態が混迷していた。
【第2話 従兄のプロポーズ】
その翌日、ハインリヒが侯爵家に来ると急に先触れがあった。彼はゾフィーの件でマティアスとは折り合いが悪かったが、珍しく帰宅した翌日にマティアスは帰って来ないだろうとの読みだった。
ハインリヒが応接室に通されて最初はビアンカが同席したが、すぐに見合いの如く『後は若い2人で』と言い残し、退室していった。その途端、ハインリヒはゾフィーの隣に座り直して彼女の手の上に自分の手を重ねた。
「ゾフィー、聞いたよ。また結婚式が延期になったんだってね。向こうの有責で婚約破棄して僕と結婚しないか?」
ルドルフに手を握られたこともない初心なゾフィーは、耳まで赤くなった。
「ハインリヒ兄様、気持ちはうれしいのですが、お父様が婚約破棄を許しません。それに何よりも私がルドルフ様を慕っているのです」
「あんな浮気者を?! 君が僕のことを兄のようにしか思ってないのもルドルフを諦めきれないのもわかってる。だけど、このまま結婚しても君は侍女の愛人にべったりの夫と結婚生活を送ることになる……ごめん、君を傷つけたいわけじゃないんだ」
ゾフィーが項垂れたのを見て慌ててハインリヒは謝った。
「だけどこれが現実なんだよ。ルドルフと婚約解消したとしても、ずっと年上の知らない男と結婚させられるだろう。僕だったら君をそんな不幸な目に合わせないよ。僕と結婚しないか。僕のことなら君は子供の頃から知っているから、兄のように慕ってくれているだろう? 僕なら、君の気持ちが僕のほうに来るのを待てるよ。それまでは白い結婚にしたっていい」
「兄様が私の気持ちを待てるなら、結婚しなくても待てるでしょう?」
「いや、ただ待つだけじゃなくて、何か保証がほしい。結婚して一緒に暮らして初めてわく感情もあるはずだ」
「私はやっぱりルドルフ様への未練を心の中に残したまま、兄様と結婚できません」
「そうか、でも僕はあきらめないよ。また来るね」
ハインリヒは、ゾフィーを抱きしめて額にチュッとキスをし、彼女の顔が真っ赤になったのを満足げに見て応接室を出て、その足でビアンカの自室へ行こうとした。そこにタイミング悪く帰宅したばかりのマティアスにばったり出くわした。
「何の用だ、ハインリヒ。まさかまたゾフィーを誘惑したんじゃないだろうな」
「誘惑だなんてとんでもない。私は愛しい従妹殿を地獄の結婚から救い出したいんです」
「そんなこと言っても次期侯爵を狙っているだけだろう? 残念だったな、無駄だよ。うちにはルーカスがいる」
「ああ、娼婦の息子ですね。社交界で何て言われるやら」
「黙れ! もう二度と来るな!」
「そうは言っても叔父上の奥様である叔母上が私を呼んでますからね。来るときは来ますよ」
ハインリヒはそう言って手をひらひらさせながら飄々とマティアスの前を去って行き、ビアンカの自室のほうへ向かった。それに対してマティアスは怒りが中々おさまらなかった。
「叔母上、僕です」
ハインリヒがビアンカの部屋の扉をノックすると、待ちかねたかのようにすぐに彼女の返事があった。
「ああ、ハインリヒ。入ってそこに座って。――首尾はどうだった?」
「どうもこうも、ゾフィーはまだルドルフに固執していますよ。叔父上がその気持ちを利用してルドルフとの結婚をどうしてもごり押ししようとしてるから、もうそろそろ諦め時かもしれませんね」
「冗談じゃない! それじゃあ、あの卑しいルーカスがこの家を継ぐっていうの!」
「うーん、今の所、ルーカスが家督を継ぐのを防ぐ良案が見つからないんですよね。彼の母方の出自が卑しいのは確かですが、彼は見栄えはいいし、優秀です。社交界で彼の評判を落とす工作活動は僕には荷が重すぎます。それとも何かいい案あるのですか?」
「それを考えてやってくれるのは貴方じゃなくって?」
「僕は面倒なのは嫌ですよ。もう他に婚約者がいる女っていうだけで面倒なのに、その上、家督争い工作まで!? 一応、ゾフィーには待つとは言いましたが、叔母上がルドルフとの婚約破棄と僕の爵位継承を保証してくれないのなら、近いうちに僕はもうこの計画から下ります」
「そんな、困るわ! マリアンヌ姉様だって貴方が侯爵になってくれたほうがいいはずだわ!」
「僕を侯爵にしようって考えを母は変えつつあるみたいですよ。僕が他の女性と結婚してその家の爵位を継いでもいいって母は思っているみたいです」
「そんな! なら、ルーカスとルドルフが消えたら?」
「やめてください! いくら僕がクズでも犯罪の片棒を担ぐつもりはないですからね!」
そんなリスクを負うよりも、別の条件のよい婿入り先を探すほうがハインリヒにとって容易だろう。ハインリヒはクズを自認していたが、その性格を他人の前ではうまく隠していて容姿はいいし、学業も中々優秀だったからだ。
ビアンカは、部屋を出て行くハインリヒの背中を憤然としながら見送った。
【第3話 予行練習*】
箱入り娘のゾフィーが舞踏会当日にルドルフの誘惑に失敗しないよう、マティアスは閨の教師を手配した。ゾフィーは抵抗したが、父親にはやはり逆らえなかった。
「お父様、お願いです、そんなことしなくても当日頑張りますから」
「ダメだ、チャンスは1回きりだ。いくら媚薬があっても女から仕掛けるのは、経験がないお前には難しいだろう。失敗したらアイツはお前を二度と近づけさせないよい口実にするはずだ」
「そ、そんな……」
「ゾフィー、不安に思う必要はない。これは浮気ではない。夫を喜ばせる為の技術を習うんだ。破瓜はしないから純潔は守られる。部屋には侍女が控えていて万一行き過ぎがあれば制止させる。安心しなさい」
父親にそう言われても、結婚まで純潔を守れ、貞淑であれと今まで教育されてきたゾフィーの恐怖と抵抗感はなくならなかった。だから教師が到着する前にゾフィーが逃げ出さないようにマティアスは念のために使用人達に見張らせた。ビアンカがこんな事を知ったら大反対するに決まっているので、教師が来る日は彼女が茶会などで外出する日と決まっていた。
教師の男性は20代半ばぐらい、中性的な美貌と白い肌ですらりとした体つきをしていて、いかにも貴族や金持ち商人のマダムに好かれそうな外見をしていた。
「ゾフィー嬢、初めまして。私はヨナスと申します。ゾフィーと呼んでも?」
そう自己紹介したヨナスは、手慣れた様子で震えるゾフィーの手をとってキスをした。
「ゾフィー、そんなに怖がらないで。力を抜いて。僕の膝の上においで」
ベッドの上に座ったヨナスは、身体を固くして震えるゾフィーを膝の上に載せて後ろからやさしく抱きしめ、顔を彼女の首に軽く押し付けた。2人が何も話さず、その体勢のままでいると、いつの間にかゾフィーの震えは止まっていた。
「今日はゾフィーに気持ちよくなってもらうだけだから、安心して」
そう耳元で熱い息をかけられながらささやかれてゾフィーはほとんど腰砕けになってしまった。
「ゾフィー、キスしたことある? やってみて?」
ゾフィーは躊躇したが、思い切ってヨナスの頬と額に軽くキスをした。
「これは親愛のキスで恋人のキスじゃないね」
そう言ってヨナスはゾフィーにディープキスをした。その後は、ゾフィーにひたすら快楽の嵐が吹きすさんで最後には意識を手放してしまった。
その後、ヨナスはゾフィーに快楽を教える手ほどきを2回した。そうしてゾフィーが愛撫の快楽に大分慣れた頃、今度は逆パターンを試すことになった。
「今日は私を気持ちよくして。彼にやってあげるように」
「でもどういう風にすればいいかわかりません」
「今まで僕がどんな風に君を気持ちよくさせたか覚えてる? 同じようにしてしてみればいいんだよ」
ゾフィーは自分がされた事を思い出しながらたどたどしくヨナスに触れ、女性上位の方法を教えてもらった。ヨナスが満足したらしい6回目の手ほどきでゾフィーは合格した。
自分でする練習が物足りなかったら僕が来ますから呼んでねと、最後の手ほどきが終わった後、ヨナスはウィンクして去って行った。
ロプコヴィッツ侯爵令嬢ゾフィーは父マティアスの執務室に婚約者のコーブルク公爵令息ルドルフの件で呼び出された。
「ルドルフとの仲はどうなっている? また結婚式の延期要請がきたぞ」
「仕方ありません。領地の土砂崩れの復旧でお忙しいんですから」
「前回の延期理由は領地の小麦不作だったな。前々回は……」
「やめて下さい!」
「黙れ、私の言う事を遮るな!」
ゾフィーの婚約者ルドルフは、自家の侍女アンネと恋仲であった。彼の父コーブルク公爵アルベルトはアンネを即刻解雇したかったが、彼女を解雇すれば駆け落ちするとルドルフが脅すので、仕方なく雇い続けていた。
ルドルフが平民のアンネと結婚すると貴賤結婚となり、シュタインベルク王国の法律では原則としてルドルフも平民となって爵位継承ができなくなってしまう。シュタインベルク王国の爵位継承は男子のみで血縁関係が重要視されるから、赤の他人を養子にして爵位継承は難しい。
ただ、爵位を買う裕福な商人が増えた昨今では、結婚前に別の貴族家の養子になる抜け道も認められるようになったのだが、ルドルフの両親はそれを許すつもりはなかった。コーブルク公爵家の反対意向に背いてまで誰もあの侍女を養女にしようという家門が現れる訳がない。
しかもルドルフはコーブルク公爵家の一人息子できょうだいがいない。公爵の妹が婚家のノスティツ家で息子を2人もうけているが、妹夫婦は怠惰と放蕩で家を没落させて今はニートの長男も含めて皆、王宮の下級官吏をしている次男におんぶにだっこである。 息子が2人いる遠縁の分家ラムベルク男爵家も一家そろって妹夫婦のようなダメ人間で、他の分家は途絶えて久しい。ルドルフとゾフィー双方の両親が結婚後にアンネを愛人にすればよいと説得してもルドルフは頑として首を縦に振らなかった。
本来はゾフィーが18歳になる年に結婚するはずだったが、ルドルフはもっともらしい理由をつけて結婚を延期し続けており、ゾフィーは行き遅れと言われる20歳になってしまった。今、婚約解消したら親より年上の貴族か金満商人の後妻ぐらいしか縁談は来ないだろう。
ルドルフに至っては男性でも婚期を逃したと言われる27歳になっていた。婚期を逃している上にこんな醜聞が流れていては、いくら公爵家嫡男と言っても、ゾフィーと婚約解消すれば次の婚約者など望みようもなかった。それに色々な政治情勢も相まって、双方の両親にとっては今更婚約解消はありえなかった。
「お前はルドルフを慕っているのか?」
ゾフィーは核心をついた質問に恥ずかしくて答えられず、赤くなってうつむいた。
「いいのか、あんな平民の侍女風情に想い人をとられて?」
「そ、そうは言っても妻になるのは私なんですから」
「このままだとあの男の心は永遠にあの女のものだな。それどころか、あいつが駆け落ちしたら結婚すらなくなるぞ。それか向こうの有責で婚約解消するか? 多分ルドルフはそれを狙って何度も結婚式を延長してるんだろう」
マティアスは婚約解消の選択肢は最早ないことを承知でゾフィーにそう迫った。ゾフィーだってこの婚約が破綻していることはわかっていたが、なるべくその事を考えたくなくて、ルドルフの度重なる結婚延期要請に何も有効な対策をとれず本来の結婚予定から2年もずるずると経ってしまった。
「もしルドルフと結婚したいのなら既成事実を作りなさい。律儀なルドルフは、お前と婚約解消していない今、あの女とまだ寝ていないはずだ。お前が初めての女になって子供もできれば絆されるだろう」
「そんなことできません!」
「何もそんなに大それたことじゃない。結婚よりちょっと早く子供を作るだけだ。どうせ結婚するんだから問題はない。それにお前がぐずぐずしていると、ルドルフは我慢できなくなっていずれあの女とヤるだろうから、あの女の身体におぼれてますますお前のことなんか見なくなるぞ」
子供の頃から婚約者を愛しているゾフィーにとって、彼が他の女と抱き合うのを考えるだけで絶望と嫉妬で目の前が真っ暗になり、父親の下卑た言い方に抗議もできなかった。
愛人のところに入り浸りでほとんど帰ってこない父と、そんな父に絶望してゾフィーを異常に束縛する母の元で彼女は育ったから、自分を妹のようにかわいがってくれたルドルフと3歳年上の母方の従兄のハインリヒを慕っていた。
だがゾフィーを束縛したがる母と伯母、その息子のハインリヒはセットだったから、ゾフィーは次第にルドルフに傾倒していった。律儀なルドルフは恋人がいる今も失礼がないように婚約者としてやさしくゾフィーを扱ってくれている。でもゾフィーは、子供の頃と違い、侍女と恋仲になってからのルドルフとは距離を感じるようになっていた。それに2人は7歳も年が離れているため、ルドルフにとってゾフィーは成人後も妹のようにしか思えないようだった。
「今度の公爵家での夜会でルドルフはお前をエスコートする。彼が休憩室に行ったら、お前も行け。その前にこれを飲むんだぞ」
マティアスはそう言って媚薬らしき液体が入った小瓶をゾフィーに見せた。彼は詳しくは語らなかったが、ルドルフにも媚薬を盛るのだろう。
「公爵はこんな計画、ご承知なんですか?」
「当たり前だろう。アルベルトも息子のわがままにほとほと疲れているんだ」
ゾフィーが黙って小瓶を受け取ったことをマティアスは了承と受け止めた。
「ああ、そうだ。ビアンカやハインリヒがルドルフのことで何か言ってくるかもしれないが、無視するように」
ゾフィーの母ビアンカは不誠実なルドルフとの婚約を破棄してハインリヒと婚約しろとかねてから主張してマティアスと対立していた。もっともビアンカがハインリヒを推すのは純粋にゾフィーのためというわけでなく、ハインリヒをゾフィーと結婚させて養子に入ってもらい、ビアンカが憎む妾腹のゾフィーの弟ルーカスに侯爵家を継がせないためだった。
だが、マティアスは先の王位継承闘争で負けた派閥に与した侯爵家が負った打撃を回復させるためにゾフィーとルドルフの結婚による公爵家との繋がりは欠かせないと考えていた。当主が是とするなら、本来なら夫人の反対なんて振り切れるものなのだが、ルドルフと侍女の禁断愛と度重なる結婚式延期により、事態が混迷していた。
【第2話 従兄のプロポーズ】
その翌日、ハインリヒが侯爵家に来ると急に先触れがあった。彼はゾフィーの件でマティアスとは折り合いが悪かったが、珍しく帰宅した翌日にマティアスは帰って来ないだろうとの読みだった。
ハインリヒが応接室に通されて最初はビアンカが同席したが、すぐに見合いの如く『後は若い2人で』と言い残し、退室していった。その途端、ハインリヒはゾフィーの隣に座り直して彼女の手の上に自分の手を重ねた。
「ゾフィー、聞いたよ。また結婚式が延期になったんだってね。向こうの有責で婚約破棄して僕と結婚しないか?」
ルドルフに手を握られたこともない初心なゾフィーは、耳まで赤くなった。
「ハインリヒ兄様、気持ちはうれしいのですが、お父様が婚約破棄を許しません。それに何よりも私がルドルフ様を慕っているのです」
「あんな浮気者を?! 君が僕のことを兄のようにしか思ってないのもルドルフを諦めきれないのもわかってる。だけど、このまま結婚しても君は侍女の愛人にべったりの夫と結婚生活を送ることになる……ごめん、君を傷つけたいわけじゃないんだ」
ゾフィーが項垂れたのを見て慌ててハインリヒは謝った。
「だけどこれが現実なんだよ。ルドルフと婚約解消したとしても、ずっと年上の知らない男と結婚させられるだろう。僕だったら君をそんな不幸な目に合わせないよ。僕と結婚しないか。僕のことなら君は子供の頃から知っているから、兄のように慕ってくれているだろう? 僕なら、君の気持ちが僕のほうに来るのを待てるよ。それまでは白い結婚にしたっていい」
「兄様が私の気持ちを待てるなら、結婚しなくても待てるでしょう?」
「いや、ただ待つだけじゃなくて、何か保証がほしい。結婚して一緒に暮らして初めてわく感情もあるはずだ」
「私はやっぱりルドルフ様への未練を心の中に残したまま、兄様と結婚できません」
「そうか、でも僕はあきらめないよ。また来るね」
ハインリヒは、ゾフィーを抱きしめて額にチュッとキスをし、彼女の顔が真っ赤になったのを満足げに見て応接室を出て、その足でビアンカの自室へ行こうとした。そこにタイミング悪く帰宅したばかりのマティアスにばったり出くわした。
「何の用だ、ハインリヒ。まさかまたゾフィーを誘惑したんじゃないだろうな」
「誘惑だなんてとんでもない。私は愛しい従妹殿を地獄の結婚から救い出したいんです」
「そんなこと言っても次期侯爵を狙っているだけだろう? 残念だったな、無駄だよ。うちにはルーカスがいる」
「ああ、娼婦の息子ですね。社交界で何て言われるやら」
「黙れ! もう二度と来るな!」
「そうは言っても叔父上の奥様である叔母上が私を呼んでますからね。来るときは来ますよ」
ハインリヒはそう言って手をひらひらさせながら飄々とマティアスの前を去って行き、ビアンカの自室のほうへ向かった。それに対してマティアスは怒りが中々おさまらなかった。
「叔母上、僕です」
ハインリヒがビアンカの部屋の扉をノックすると、待ちかねたかのようにすぐに彼女の返事があった。
「ああ、ハインリヒ。入ってそこに座って。――首尾はどうだった?」
「どうもこうも、ゾフィーはまだルドルフに固執していますよ。叔父上がその気持ちを利用してルドルフとの結婚をどうしてもごり押ししようとしてるから、もうそろそろ諦め時かもしれませんね」
「冗談じゃない! それじゃあ、あの卑しいルーカスがこの家を継ぐっていうの!」
「うーん、今の所、ルーカスが家督を継ぐのを防ぐ良案が見つからないんですよね。彼の母方の出自が卑しいのは確かですが、彼は見栄えはいいし、優秀です。社交界で彼の評判を落とす工作活動は僕には荷が重すぎます。それとも何かいい案あるのですか?」
「それを考えてやってくれるのは貴方じゃなくって?」
「僕は面倒なのは嫌ですよ。もう他に婚約者がいる女っていうだけで面倒なのに、その上、家督争い工作まで!? 一応、ゾフィーには待つとは言いましたが、叔母上がルドルフとの婚約破棄と僕の爵位継承を保証してくれないのなら、近いうちに僕はもうこの計画から下ります」
「そんな、困るわ! マリアンヌ姉様だって貴方が侯爵になってくれたほうがいいはずだわ!」
「僕を侯爵にしようって考えを母は変えつつあるみたいですよ。僕が他の女性と結婚してその家の爵位を継いでもいいって母は思っているみたいです」
「そんな! なら、ルーカスとルドルフが消えたら?」
「やめてください! いくら僕がクズでも犯罪の片棒を担ぐつもりはないですからね!」
そんなリスクを負うよりも、別の条件のよい婿入り先を探すほうがハインリヒにとって容易だろう。ハインリヒはクズを自認していたが、その性格を他人の前ではうまく隠していて容姿はいいし、学業も中々優秀だったからだ。
ビアンカは、部屋を出て行くハインリヒの背中を憤然としながら見送った。
【第3話 予行練習*】
箱入り娘のゾフィーが舞踏会当日にルドルフの誘惑に失敗しないよう、マティアスは閨の教師を手配した。ゾフィーは抵抗したが、父親にはやはり逆らえなかった。
「お父様、お願いです、そんなことしなくても当日頑張りますから」
「ダメだ、チャンスは1回きりだ。いくら媚薬があっても女から仕掛けるのは、経験がないお前には難しいだろう。失敗したらアイツはお前を二度と近づけさせないよい口実にするはずだ」
「そ、そんな……」
「ゾフィー、不安に思う必要はない。これは浮気ではない。夫を喜ばせる為の技術を習うんだ。破瓜はしないから純潔は守られる。部屋には侍女が控えていて万一行き過ぎがあれば制止させる。安心しなさい」
父親にそう言われても、結婚まで純潔を守れ、貞淑であれと今まで教育されてきたゾフィーの恐怖と抵抗感はなくならなかった。だから教師が到着する前にゾフィーが逃げ出さないようにマティアスは念のために使用人達に見張らせた。ビアンカがこんな事を知ったら大反対するに決まっているので、教師が来る日は彼女が茶会などで外出する日と決まっていた。
教師の男性は20代半ばぐらい、中性的な美貌と白い肌ですらりとした体つきをしていて、いかにも貴族や金持ち商人のマダムに好かれそうな外見をしていた。
「ゾフィー嬢、初めまして。私はヨナスと申します。ゾフィーと呼んでも?」
そう自己紹介したヨナスは、手慣れた様子で震えるゾフィーの手をとってキスをした。
「ゾフィー、そんなに怖がらないで。力を抜いて。僕の膝の上においで」
ベッドの上に座ったヨナスは、身体を固くして震えるゾフィーを膝の上に載せて後ろからやさしく抱きしめ、顔を彼女の首に軽く押し付けた。2人が何も話さず、その体勢のままでいると、いつの間にかゾフィーの震えは止まっていた。
「今日はゾフィーに気持ちよくなってもらうだけだから、安心して」
そう耳元で熱い息をかけられながらささやかれてゾフィーはほとんど腰砕けになってしまった。
「ゾフィー、キスしたことある? やってみて?」
ゾフィーは躊躇したが、思い切ってヨナスの頬と額に軽くキスをした。
「これは親愛のキスで恋人のキスじゃないね」
そう言ってヨナスはゾフィーにディープキスをした。その後は、ゾフィーにひたすら快楽の嵐が吹きすさんで最後には意識を手放してしまった。
その後、ヨナスはゾフィーに快楽を教える手ほどきを2回した。そうしてゾフィーが愛撫の快楽に大分慣れた頃、今度は逆パターンを試すことになった。
「今日は私を気持ちよくして。彼にやってあげるように」
「でもどういう風にすればいいかわかりません」
「今まで僕がどんな風に君を気持ちよくさせたか覚えてる? 同じようにしてしてみればいいんだよ」
ゾフィーは自分がされた事を思い出しながらたどたどしくヨナスに触れ、女性上位の方法を教えてもらった。ヨナスが満足したらしい6回目の手ほどきでゾフィーは合格した。
自分でする練習が物足りなかったら僕が来ますから呼んでねと、最後の手ほどきが終わった後、ヨナスはウィンクして去って行った。
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