著者 来 根来
  • なし
# 21

〜3杯目 そうぞうのタイ風カレー〜 3-5話

 日が傾き、薄暗くなった道。
 話しながらあったか荘に向けて歩く詩瑠と火弥の足取りは軽い。
 あれから公園にしばらくいた二人だったが、空の色が変わり始めたことに気が付いてようやく帰途についた。
 あのままずっと喋っていたわけではない。無言でただ転がっていた時間も沢山ある。
 でも、気まずくはなかった。むしろ心地よかった。
 距離がまた少し縮まった、二人ともそんな気がしていた。
 
 肌寒くなった空気と、火弥が「あそこのお地蔵、減ったり増えたりしてるんだよね」という言葉に身震いしながらも、話題は尽きない。
 その湧き続ける話題の中でも、繰り返し出てくる会話。

「お腹すいたね」
「シルそればっかり。……確かに空いたけど」
「でしょー? 今日は何作ろうかな。カヤちゃんの食べたがってたパクチー、冷蔵庫にあるかな?」
「どうかな。開けてみないと何があるか分からないからね」

 お腹をさすりながらメニューを思い浮かべる詩瑠。

 もしパクチーがあったとしたら、やっぱりタイ料理?
 鶏肉はいつも大体冷蔵庫に入っているから、カオマンガイなんか良いよね。
 しっとり茹でた肉汁溢れる鶏肉と、鶏の旨味が溶け込んだスープで炊き込むご飯。そこへ甘酸っぱいソースをかけて、たっぷりのフレッシュパクチーを乗せて頬張ったら……。お口の中は一気にエスニック!

 パクチーそのものを堪能するなら、サラダも良いかも。
 ドレッシングをかけて、水菜やトマト、パプリカなんかと一緒に食感を堪能したり、茹でた薄切り豚肉でくるんで食べたり。香りも特徴的だけど、瑞々しいシャキシャキをたっぷり味わえるのも最高!
 
 実はごま油と塩でサッと炒めるのもシンプルで美味しい!
 ニンニクやナッツ類をアクセントに入れると、お父さんはビールのおつまみに最高だってパクパク食べてたっけ。
 
 などなど。
 苦手な人も多いが、好きな人はとことんハマる魅惑のハーブ。もちろん、詩瑠は後者の方だ。
 想像だけで涎が溢れてくる。

 ほどなくして見えてくる、あったか荘。
 薄暗い周囲の風景の中で、窓から温かい灯りが「おかえりなさい」と漏れていた。
 
「居間に誰かいるみたいだね」
「そうだね。平日のこの時間だと……誰だろう」

 そう話しながら、二人は玄関を開けると。

「あら、シルシルにカヤカヤじゃない。おかえりなさい!」

 太い腕をブンブン振りながら、大音量でアリィが出迎えてくれた。
 何か料理の途中だったのだろうか、ハート柄でフリル付きのエプロンを身に纏っている。

「アンタたち、聞いてよ! せっかくお店に行ったら、なんだかお店がぎゅーぎゅーで。お客さんじゃなくて、カウンターの中がよ? なんか、うっかり今夜のシフト人数多くなっちゃってたみたいでねぇ。誰のせいー誰の間違いなのー? って聞いたら、ヤダもうアタシの調整ミスだったの! えーんアタシってば、ホントにドジ! そしたらそしたらウチの達が『ママ、休んでいいわよ!』『ママが居ない方がノビノビ接客できるわ!』『いつも取られてるメンズ、独占しちゃおーっと』とかなんとか。もーうるさいから、帰ってきちゃったわよ。ホント失礼しちゃうわよね!」

 小指を立ててクネクネプリプリするアリィ。
 帰ってくるなり浴びせられる騒々しいマシンガントークに、詩瑠と火弥は思わず顔を見合せてしまう。
 そして、どちらからともかく。

「ふふ、あはは」
「くすっ、ふふっはははっ」

 笑い出してしまう。
 何がおかしいかもわからない。でもなぜだかツボに入ってしまい、笑いは止まらなくなった。
 そんな二人を見て、アリィは語りを止めてフッと息を吐く。

「……その様子だと、上手くいったみたいね。良かったわ」
「あはは、ふふふっ……ごめんなさい。ありがとう、アリィちゃんさん。お陰様でカヤちゃんとお話できたよ」
「一人でこんなにうるさくできるのは、さすがアリィママ。なんか帰ってきたって感じする。ただいま」
「おかえりなさい。まぁ、仲直り出来たんならアタシは何も聞かないわ。これからもいっぱい遊んで、いっぱい喧嘩しなさいな」
「うん、そうする。……カヤちゃん、怖いとか言ってまだお話してくれない事あるみたいだから」
「シルが喋りすぎ。もっとゆっくりペースにしたいだけ。これが普通」
「ふーんそうですかぁ」
「何その顔。……ふふっ、ムカつく」

 二人がじゃれ合いを始め、あったか荘の居間が騒がしくなる。
 さらに追い打ちの喋りをアリィが加えようとした、丁度その時。

 ぐぅー。

 詩瑠の腹の虫が盛大に鳴き出し、会話を遮った。
 一呼吸置いてから、再び湧き上がる笑い。
 アリィも加わり、居間が笑顔で満たされていく。

「あーもー、騒がしいったらありゃしないわ!」
「アリィちゃんさんがそれ言うの?」
「お黙り、アタシは良いの! さて、お腹すいてるなら何か作りましょうかね」
「……カレーでしょ?」

 火弥が肩を竦めて言う。
 何故なら、アリィはスープ当番のときカレーしか作らないからだ。
 入居して日が浅い詩瑠ならともかく、3年近く居る火弥ですらカレー以外の彼女の料理は食べたことが無かった。
 本人曰く、「カレーはみんな好きでしょ? 嫌いな人いないでしょ?」「どんなに失敗しても、カレー味にしたら食べれるもんなのよ」「元カレがね……アタシのカレーが好きって言ってくれたの……カレだけに……」とのこと。
 わざわざ聞き出さずとも普段より自ら言って回っている事実。だから、アリィも当然の顔で答える。

「当たり前でしょ、カレーよ」
「ですよねぇ」
「何よ。何か他の食べたいものあるなら、自分たちで作りなさいよ」
「ううん。アリィちゃんさんのカレー美味しいから、食べたいよ」
「あらさすがシルシル。じゃあ、腕によりをかけて作っちゃおうかしらね! アタシ、スープ当番だから明朝あす用のつもりだったけど、食べちゃいましょう」

 アリィがルンルン鼻歌混じりで大きなボウルを手に取る。
 すると、中には何かに漬け込まれた鶏肉がどっさり。

「鶏肉、漬け込んでおいたのよ。カレー粉とニンニク、ショウガ、ヨーグルト。お塩とお砂糖もね」
「へぇー、美味しそう!」
「さーてーと。あとは他の具材をどうするかだけど……」

 弾む足取りで冷蔵庫に向かうアリィ。
 しかし、小指を立ててつつ扉を開けて、ピキっと固まった。

「……ちょっと、何よこれ」
「どうしたの?」
「ゴキブリでもいた?」
「違うわよ!」

 コレよコレ、と指さす彼女に従い、詩瑠と火弥も冷蔵庫を覗き込む。
 そこには――。

「うわぁ」

 ワッサァという擬音が似合うほど。
 鬱蒼としたパクチーの束が、そこには並んでいた。
 冷蔵庫の冷気に乗って、独特の青い香りが辺りに漂う。

「……もう、わかったわよ。使えってことでしょ? 決めたわ」

 頬を赤らめる火弥、困惑する詩瑠をおいて。
 アリィは拳を握りしめ雄々しく叫んだのだった。
 
「今日のメニューは、タイカレーカレーよ!」
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