- なし
# 38
36話 <運命> 後編
「其の方、名を何という?」
「はっ!ま、マグニ、です」
しばし耳を凝視していたが、少年の声にはっとし、マグニは反射的に名前を名乗っていた。
少年の声には不思議と、聞いたものに嘘をつかせないという、催眠にも似た、魅力のようなものがあった。
「マグニか。そうか。所属性は?」
「か、家族はいないので(……奴隷だったとはちょっと言いづらいし)」
「そうか。……他に名はないのか。カイルとか、マテウスとか、セムとか、フェルディナントとか」
「な、ないです。ただのマグニです」
「ふうん」
「…… あの。もしかしてさっき、落ちた時に助けてくれたりしました?」
「空から雨ではなく、人が降ってきたのでな。反射的に緩衝術を使ったが」
「あ!助けてくれて、ありがとうございました」
「礼を言われるまでもない。余と衝突しかけたから、避けたまでのこと」
気恥ずかしいのに、目が離せない。
この少年の瞳があまりにも深く魅入られるような、深い鉄色に全てを見透かされているような気になるからだろうか。
獅子に睨まれた鼠とは、このような気分なのだろう。恐怖よりも、無駄のない美しさに目が釘付けになるような感覚だった。
「汝もイリスであろう。憲兵や奴隷商人に突き出すつもりはないから安心せよ」
「は、はい。……貴方も、ですよね」
「うむ。歳はいくつだ」
「じ、十四です」
「そうか。余も今年で十四になった。同い年に会えたのは久しぶりだ」
ガルムとはまた違った、上品な高潔さが少年の所作から見てとれた。
同い年にしては、自分と違って、とても落ち着いて大人びて見える。少年はやっとマグニから距離を取って、顔色ひとつ変えず、「ところで、なぜ空から降ってきた?」と空をあおぎながら問いかけた。
「実は、魔術の練習の最中に吹っ飛ばされちゃって」
「吹っ飛ばされた?」
「相手の子の水打撃の術が、勢いがすごくて。構える余裕もなくて、ぽーんっ!と空に投げられちゃって。
君にぶつからなくてよかったよ。僕、壁を壊すくらいのすっごい石頭だから、きっとぶつかったら鼻血じゃ済まなかったかも」
少年は目をぱちくり、と丸くした後、ふっ……と僅かにだが唇の端を吊り上げた。
「余が鼻血を出すことを心配する奴など、初めてだ」と呟き、クックックと少し肩を揺らして、目を細める。
人形みたいな人だと思っただけに、その僅かに見せた笑顔に、マグニはまたもギクリと身を強張らせた。
「余には多くの名がある。だがマグニよ、汝には余をヴィーザルと呼ぶことを許そう。その堅苦しい物言いも不要だ、近う話せ」
「は、はあ。と、ところで、なんで裸?」
「狩りを終えて、沐浴のさなかである。そこに汝が空から落ちてきたのだ」
「ははぁ……」
視線を川岸に向けて、マグニはぎょっと身じろぎした。小山ほどもありそうな、巨大な亀に似た魔獣が倒れ伏している。
甲羅は尖った天辺を中心に、歪みなく縦一直線に割り砕かれ、頭を縦半分に潰されて絶命している。おそらく巨大な一撃で、頭と胴体を同時に切断したのだ。
ヴィーザル少年は視線をたどり、「ああ、この辺りを荒らしていた魔獣だ。ディアファンのギルドから討伐依頼が出ていたので、余が仕留めた」と軽い調子で淡々と言ってのけた。
「あんな大きいのを一撃で!?すごい……」
「後で肉は町に運び、市井の貧しい者たちに配る予定だ。この魔獣は見かけによらず肉の脂が美味い。栄養もあるから小さい子らに喜ばれるだろう」
「へえ……え、もしかして一人で運ぶの!?」
「まさか。この後迎えが来る予定なのでな、その者らと共にディアファンまで運ぶつもりだ」
「だ、だよね。……手伝おうか?僕もディアファンまで行くんだ」
「有難い話だが、気持ちだけ受け取っておこう。それより、汝も一切れ欲しいか。肉は山ほどあるから、持てるだけ持って行ってよいぞ」
「へっ?い、いやでも、町の人たちの取り分が減っちゃうでしょ。僕はまだ食糧があるし、大丈夫だよ。でもありがとう、ヴィーザル」
「……そうか。マグニは無欲だな」
ふ、と息を漏らすと、ヴィーザルは背を向ける。河岸の岩には、体を拭く亜麻布や香油の瓶、垢すり、それに着替えと思わしき服と鎧などが、きっちりと揃えて置かれていた。
どれも見た目からして、かなり高価なものであることは察せられる。口振りといい、持ち物といい、かなり身分が高いのだろう。
そんな高貴な身であろう少年が、護衛もなく一人でこんな森を歩き回り、一人で魔獣を倒すなぞ、どんな事情があるのだろう?
そう考えているのはヴィーザルも同じだったようだ。髪を指で梳きながら、流し目がマグニを見やった。
「マグニよ、汝は旅人か?イリスが一人でこの世界を旅するとなると、酷であろうに」
「一人じゃないよ。さっき魔術で僕をぶっ飛ばした子とか、一緒に旅をしている人たちがいるんだ」
「成程。時に、汝はいかなる<我欲>のために旅をしているのだ」
「が、がよく?」
「ああ。人を生かし、人を動かすものは、その心と体を突き動かす強い<我欲>だ。
旅をするからには目的なり、目指す地があるのだろう?汝を旅へと誘うだけの、強い<我欲>があるはずだ」
「えっと、……ヴィーザルには、変な風に聞こえるかもしれないけど」
「構わぬ。余は汝に興味があるだけだ」
じ、とヴィーザルが目で訴えかけてくる。
この見つめられる感覚に、既視感を覚えた。ジョイナやガルムだ。
分厚い肉と骨の奥にある、人の内側を見定めようとするかのような目だ。
「……この世界を、救いたい」
「世界を救う?」
「えっと、具体的な事とか、どこで何をしないといけないとか、まだまだ分からない事だらけだけど……。
この世界を<一つにすること>。この世界で、<僕の好きな人が、普通に生きやすくなること>。
それが僕のやりたいこと、僕の<我欲>……なんだ。上手く言えないけど」
やや間があった。また笑われるだろうか。それとも呆れられるだろうか。
ヴィーザルは笑みを見せることも、ましてや驚いたり、眉を顰めることも、呆れる顔もしない。
ただ真っ直ぐに、曇り一つない瞳が、マグニの双眸を射抜いた。
「そうか。尊大で、傲慢で、無謀だが────誇るべき夢だ。余はそういう、果てのない我欲が詰まった夢は好きだ」
「……ヴィーザルも、<我欲>はあるの?」
「勿論だ。汝と同じく、誰もが無謀と思う夢を抱えて今を奔っている。余とそなたは、いわば同志だな」
ヴィーザルは川から上がり、亜麻布で体と髪を丁寧に拭くと、パチン!と指を鳴らした。
すると、服がひとりでに浮かんでヴィーザルの肌を包み、鎧がからくり仕掛けの如く、体に吸いつくように装着されていく。
はえー、とその光景を感心して見ていると、森の中から声が聞こえてくる。
「……ニー!マグニー、どこだ!返事しろ!」
「マグニー、どこ行ったのー!?」
「……先に言っていた、汝の仲間か」
「あ、うん!ガルム様ー!皆〜!ここです!」
マグニはガルム達の声がする方へ、ぶんぶん両手を大きく振った。
一方でヴィーザルは身支度を終えたのか、荷物の入った小さな袋を肩にかけ、マグニへ顔を向ける。
「マグニ。縁が導く時、余と汝はまた逢えることだろう。早ければ、ディアファンで。
その時また、語らおうではないか。イリスとしての男友同士、水入らずでな」
「ま、男友?」
「男友を知らぬのか。男同士、常に対等であり、熱く夢を語らい、時にどんな場でも助け合い、別れる時は必ず再会を誓う、気のおけぬ二人のことだ。……受け売りの言葉だが……嫌か?」
「いっいや!僕、その……男の友達がいたこと、なかったから。すごく、嬉しい!」
「ならば良い。ではいまひとたび、然らばだ。ただのマグニ」
「うんっ!また会おうね、ヴィーザル!」
マグニはヴィーザルへ手を振って、ガルム達の元へと走り出した。
川沿いに、ややぬかるんだ地面を踏みしめ、森の中を抜けていく。
すると前方から、ヴィオレッタが弾丸のように駆け寄ってきて、「マグニ!」と抱きついた。
勢い余って転びかけたが、なんとか踏んばって小さな体を抱きとめる。
その後に続くように、ステラは小走りで、ガルムはゆったり大股でマグニへと歩み寄る。
「良かった〜もお〜!どこまで行ってたのよ!」
「あはは……心配かけてごめん」
「マグニ!良かった、何事もなくて。魔獣には襲われていないわね」
「防護術があるから心配は無用だといったのに、心配症め。……なにかあったか?」
怪訝な目でガルムが問う。
吹っ飛ばされて迷子になったというのに、にやけ顔が丸出しなのだから当然ではある。
マグニは先ほどまで走ってきた方へと指差して、「落ちた先で、友達が出来たんです!」と嬉しそうに言った。
当然、そちらに視線を向けたところで、誰がいるわけでもない。三人とチチフ・モルトーは何とも言い難い顔で、肩をすくめたり、首を傾げたりした。
「だが怪我の功名だな、ディアファンにかなり近づいた。このまま森を抜けて、ディアファンへ入るぞ」
「はいっ!」
「ええ〜!まだ歩くのー!?休憩時間ほとんどなかったじゃない!」
「ねえマグニ、その友達ってどんな人なの?よければ話して聞かせてちょうだいな」
「ええ、勿論!」
ぶうぶう文句を言うヴィオレッタに「やかましい!」と一喝し、ガルムは先だって歩き出す。
マグニは一度だけ、ヴィーザルがいた方向を見やったものの、彼の姿はもうなかった。
「どうした、マグニ?」と声をかけられるまで、彼のいた岩のあたりを見つめたあと、「今行きます!」と元気よくガルムの後を追いかけ、先ほど出会った、不思議な友人について語って聞かせるのだった。
「はっ!ま、マグニ、です」
しばし耳を凝視していたが、少年の声にはっとし、マグニは反射的に名前を名乗っていた。
少年の声には不思議と、聞いたものに嘘をつかせないという、催眠にも似た、魅力のようなものがあった。
「マグニか。そうか。所属性は?」
「か、家族はいないので(……奴隷だったとはちょっと言いづらいし)」
「そうか。……他に名はないのか。カイルとか、マテウスとか、セムとか、フェルディナントとか」
「な、ないです。ただのマグニです」
「ふうん」
「…… あの。もしかしてさっき、落ちた時に助けてくれたりしました?」
「空から雨ではなく、人が降ってきたのでな。反射的に緩衝術を使ったが」
「あ!助けてくれて、ありがとうございました」
「礼を言われるまでもない。余と衝突しかけたから、避けたまでのこと」
気恥ずかしいのに、目が離せない。
この少年の瞳があまりにも深く魅入られるような、深い鉄色に全てを見透かされているような気になるからだろうか。
獅子に睨まれた鼠とは、このような気分なのだろう。恐怖よりも、無駄のない美しさに目が釘付けになるような感覚だった。
「汝もイリスであろう。憲兵や奴隷商人に突き出すつもりはないから安心せよ」
「は、はい。……貴方も、ですよね」
「うむ。歳はいくつだ」
「じ、十四です」
「そうか。余も今年で十四になった。同い年に会えたのは久しぶりだ」
ガルムとはまた違った、上品な高潔さが少年の所作から見てとれた。
同い年にしては、自分と違って、とても落ち着いて大人びて見える。少年はやっとマグニから距離を取って、顔色ひとつ変えず、「ところで、なぜ空から降ってきた?」と空をあおぎながら問いかけた。
「実は、魔術の練習の最中に吹っ飛ばされちゃって」
「吹っ飛ばされた?」
「相手の子の水打撃の術が、勢いがすごくて。構える余裕もなくて、ぽーんっ!と空に投げられちゃって。
君にぶつからなくてよかったよ。僕、壁を壊すくらいのすっごい石頭だから、きっとぶつかったら鼻血じゃ済まなかったかも」
少年は目をぱちくり、と丸くした後、ふっ……と僅かにだが唇の端を吊り上げた。
「余が鼻血を出すことを心配する奴など、初めてだ」と呟き、クックックと少し肩を揺らして、目を細める。
人形みたいな人だと思っただけに、その僅かに見せた笑顔に、マグニはまたもギクリと身を強張らせた。
「余には多くの名がある。だがマグニよ、汝には余をヴィーザルと呼ぶことを許そう。その堅苦しい物言いも不要だ、近う話せ」
「は、はあ。と、ところで、なんで裸?」
「狩りを終えて、沐浴のさなかである。そこに汝が空から落ちてきたのだ」
「ははぁ……」
視線を川岸に向けて、マグニはぎょっと身じろぎした。小山ほどもありそうな、巨大な亀に似た魔獣が倒れ伏している。
甲羅は尖った天辺を中心に、歪みなく縦一直線に割り砕かれ、頭を縦半分に潰されて絶命している。おそらく巨大な一撃で、頭と胴体を同時に切断したのだ。
ヴィーザル少年は視線をたどり、「ああ、この辺りを荒らしていた魔獣だ。ディアファンのギルドから討伐依頼が出ていたので、余が仕留めた」と軽い調子で淡々と言ってのけた。
「あんな大きいのを一撃で!?すごい……」
「後で肉は町に運び、市井の貧しい者たちに配る予定だ。この魔獣は見かけによらず肉の脂が美味い。栄養もあるから小さい子らに喜ばれるだろう」
「へえ……え、もしかして一人で運ぶの!?」
「まさか。この後迎えが来る予定なのでな、その者らと共にディアファンまで運ぶつもりだ」
「だ、だよね。……手伝おうか?僕もディアファンまで行くんだ」
「有難い話だが、気持ちだけ受け取っておこう。それより、汝も一切れ欲しいか。肉は山ほどあるから、持てるだけ持って行ってよいぞ」
「へっ?い、いやでも、町の人たちの取り分が減っちゃうでしょ。僕はまだ食糧があるし、大丈夫だよ。でもありがとう、ヴィーザル」
「……そうか。マグニは無欲だな」
ふ、と息を漏らすと、ヴィーザルは背を向ける。河岸の岩には、体を拭く亜麻布や香油の瓶、垢すり、それに着替えと思わしき服と鎧などが、きっちりと揃えて置かれていた。
どれも見た目からして、かなり高価なものであることは察せられる。口振りといい、持ち物といい、かなり身分が高いのだろう。
そんな高貴な身であろう少年が、護衛もなく一人でこんな森を歩き回り、一人で魔獣を倒すなぞ、どんな事情があるのだろう?
そう考えているのはヴィーザルも同じだったようだ。髪を指で梳きながら、流し目がマグニを見やった。
「マグニよ、汝は旅人か?イリスが一人でこの世界を旅するとなると、酷であろうに」
「一人じゃないよ。さっき魔術で僕をぶっ飛ばした子とか、一緒に旅をしている人たちがいるんだ」
「成程。時に、汝はいかなる<我欲>のために旅をしているのだ」
「が、がよく?」
「ああ。人を生かし、人を動かすものは、その心と体を突き動かす強い<我欲>だ。
旅をするからには目的なり、目指す地があるのだろう?汝を旅へと誘うだけの、強い<我欲>があるはずだ」
「えっと、……ヴィーザルには、変な風に聞こえるかもしれないけど」
「構わぬ。余は汝に興味があるだけだ」
じ、とヴィーザルが目で訴えかけてくる。
この見つめられる感覚に、既視感を覚えた。ジョイナやガルムだ。
分厚い肉と骨の奥にある、人の内側を見定めようとするかのような目だ。
「……この世界を、救いたい」
「世界を救う?」
「えっと、具体的な事とか、どこで何をしないといけないとか、まだまだ分からない事だらけだけど……。
この世界を<一つにすること>。この世界で、<僕の好きな人が、普通に生きやすくなること>。
それが僕のやりたいこと、僕の<我欲>……なんだ。上手く言えないけど」
やや間があった。また笑われるだろうか。それとも呆れられるだろうか。
ヴィーザルは笑みを見せることも、ましてや驚いたり、眉を顰めることも、呆れる顔もしない。
ただ真っ直ぐに、曇り一つない瞳が、マグニの双眸を射抜いた。
「そうか。尊大で、傲慢で、無謀だが────誇るべき夢だ。余はそういう、果てのない我欲が詰まった夢は好きだ」
「……ヴィーザルも、<我欲>はあるの?」
「勿論だ。汝と同じく、誰もが無謀と思う夢を抱えて今を奔っている。余とそなたは、いわば同志だな」
ヴィーザルは川から上がり、亜麻布で体と髪を丁寧に拭くと、パチン!と指を鳴らした。
すると、服がひとりでに浮かんでヴィーザルの肌を包み、鎧がからくり仕掛けの如く、体に吸いつくように装着されていく。
はえー、とその光景を感心して見ていると、森の中から声が聞こえてくる。
「……ニー!マグニー、どこだ!返事しろ!」
「マグニー、どこ行ったのー!?」
「……先に言っていた、汝の仲間か」
「あ、うん!ガルム様ー!皆〜!ここです!」
マグニはガルム達の声がする方へ、ぶんぶん両手を大きく振った。
一方でヴィーザルは身支度を終えたのか、荷物の入った小さな袋を肩にかけ、マグニへ顔を向ける。
「マグニ。縁が導く時、余と汝はまた逢えることだろう。早ければ、ディアファンで。
その時また、語らおうではないか。イリスとしての男友同士、水入らずでな」
「ま、男友?」
「男友を知らぬのか。男同士、常に対等であり、熱く夢を語らい、時にどんな場でも助け合い、別れる時は必ず再会を誓う、気のおけぬ二人のことだ。……受け売りの言葉だが……嫌か?」
「いっいや!僕、その……男の友達がいたこと、なかったから。すごく、嬉しい!」
「ならば良い。ではいまひとたび、然らばだ。ただのマグニ」
「うんっ!また会おうね、ヴィーザル!」
マグニはヴィーザルへ手を振って、ガルム達の元へと走り出した。
川沿いに、ややぬかるんだ地面を踏みしめ、森の中を抜けていく。
すると前方から、ヴィオレッタが弾丸のように駆け寄ってきて、「マグニ!」と抱きついた。
勢い余って転びかけたが、なんとか踏んばって小さな体を抱きとめる。
その後に続くように、ステラは小走りで、ガルムはゆったり大股でマグニへと歩み寄る。
「良かった〜もお〜!どこまで行ってたのよ!」
「あはは……心配かけてごめん」
「マグニ!良かった、何事もなくて。魔獣には襲われていないわね」
「防護術があるから心配は無用だといったのに、心配症め。……なにかあったか?」
怪訝な目でガルムが問う。
吹っ飛ばされて迷子になったというのに、にやけ顔が丸出しなのだから当然ではある。
マグニは先ほどまで走ってきた方へと指差して、「落ちた先で、友達が出来たんです!」と嬉しそうに言った。
当然、そちらに視線を向けたところで、誰がいるわけでもない。三人とチチフ・モルトーは何とも言い難い顔で、肩をすくめたり、首を傾げたりした。
「だが怪我の功名だな、ディアファンにかなり近づいた。このまま森を抜けて、ディアファンへ入るぞ」
「はいっ!」
「ええ〜!まだ歩くのー!?休憩時間ほとんどなかったじゃない!」
「ねえマグニ、その友達ってどんな人なの?よければ話して聞かせてちょうだいな」
「ええ、勿論!」
ぶうぶう文句を言うヴィオレッタに「やかましい!」と一喝し、ガルムは先だって歩き出す。
マグニは一度だけ、ヴィーザルがいた方向を見やったものの、彼の姿はもうなかった。
「どうした、マグニ?」と声をかけられるまで、彼のいた岩のあたりを見つめたあと、「今行きます!」と元気よくガルムの後を追いかけ、先ほど出会った、不思議な友人について語って聞かせるのだった。
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