著者 かわかみ@次回文学フリマ東京40
  • なし
# 1

【単話】チョコレート誘拐監禁事件

 令和日本の隣に位置する世界、幻想怪異発生特別区――通称「特区」。その治安を守る西地区警備署にバレンタインに関連する事件が飛び込んできた。

 Purururururururu~。

 署内の電話が鳴ったのを、熱田署員が応答する。

「はい、こちら西地区警備署です。えっ? 街からチョコが消えたぁ!?」

 慌ててメモ帳とペンを手元に引き寄せた熱田署員だったものの、汚い字を書きなぐっていたペンは途中で止まってしまった。メモを残すどころではないことが起こっているらしい。次第に顔が険しくなっていく。

「はい、はい。……菓子屋に立てこもってる? それで……、あー! そこにチョコが人質で!」

 興奮した様子の熱田署員を見ていた署長だったが、立てこもり、人質、というキーワードに目を光らせた。署員全員が通報の内容を聞こえるように、電話をスピーカーモードのボタンを押す。

『チョコがかき集められていて、言うことを聞かないと溶かすぞ! と言われています。これからバレンタインの大事な時期だというのに……。どうにかチョコたちを助けてください!』

 よほど恐ろしい目にあったのだろう、通報してきた住民の声は震えていた。

「とにかく、向かいます! 皆さんは安全なところで待っていてください」

 署員たちは非常事態に備えて装備を整え、現場へと急行した。

 通報内容はこうだ。何者かが、特区内のあらゆる店からバレンタイン用のチョコレートを攫っていった。そのまま、商店街のお菓子屋に立てこもって、チョコレートたちを監禁しているのだという。立てこもった犯人たちの要求は、バレンタインでチョコレートだけでなく、もっといろいろなお菓子を販売しろ、という内容だった。それができなければ、チョコレートたちを溶かす、と脅しをかけているのだ。

 お菓子屋の近くに対策本部を立てた警備署員たちは、外から犯人たちへの呼びかけを始める。人質がいる以上、ド派手に犯行グループを取り押さえることはできなかった。まずは、犯人たちが投降するように仕向ける作戦だ。

「人質を解放して出てきなさい。こんなことをしても、特区からはチョコを排除できないぞ!」

 署長がメガホンを片手に説得をし始めた。署長の呼びかける通り、監禁されているチョコレートを溶かしたとしても、新たにチョコレート菓子はすぐに補充されるだろう。特区といえども、バレンタイン商戦で外部からのチョコレート製品を受け入れざるを得ないのだ。

『うるさい! さっさとチョコ以外のものを店頭に並べろ! バレンタイン用のお菓子だって書いてな!』

「しかし、売れるかどうかわからないものを売るわけにはいかないんだよ。お店だって商売でやってるんだからね」

『売れないだと!?』

 しまったという顔をしながら、署長が肩をすくめた。どうやら犯人たちを刺激してしまったらしい。さて、どうやって返事をするべきか。
そこに、犯人グループの調査をしてきた熱田署員が戻ってきた。

「どうやら、犯行グループはチョコ以外のお菓子たちのようです。クッキーとか、マシュマロとか。特にマシュマロはホワイトデーのお返しの『友達、嫌い』のイメージが強く、バレンタインでもなかなか売れていないようですね」
「チョコたちへの逆恨みの犯行かぁ。長年の恨みが積もり積もって……ってパターンかな。お菓子たちの関係も甘くないんだなあ……。とりあえず、別動隊の情報が出てくるまで、呼びかけを続けてみよう」

***

 一方、警備署のベテランであるいばら署員はある場所に無線を飛ばしていた。

『こちら本部。中の様子はどう?』
『こちら佐藤署員。ダメですね。チョコは全部全滅です。みんな溶かされちゃってます』

 無線に反応したのは佐藤署員だった。名前にちなんでお菓子に擬態した佐藤署員は、裏口からこっそり潜入し、中の様子を伺っていたのだった。中では立てこもり犯のクッキーやキャンディーたちがこれからの作戦を練っている。佐藤署員はそのわきで無残にも溶かされてしまったチョコレートを見つけていたのだった……。

「犯人たちは、チョコの種類やガナッシュをひとまとめに溶かしたみたいです。テンパリングの温度も無視して!」

 犯人たちは人質が残っている体で外の警備署員と商品陳列の交渉を続けていた。しかし、人質であるチョコレートたちがすでに溶けてしまっているならば手加減は無用である。

『了解。五分後に突入する。佐藤署員は裏扉の近くに待機して援護を頼む』
『了解です』

 時間きっかりに警備署員たちが一斉に突入した。捕縛された際の衝撃でいくつか割れたクッキーもいたが、警備署は犯行グループを取り逃がすことなく、その場にいたお菓子たちは全員がお縄になった。

「バレンタインにチョコばっかり売ってるのが悪い!」

 お菓子たちはそう騒いでいたが、ひとまとめにして訳アリ商品の札を貼られながらビニールに詰め込まれていく。

「しかし、この溶けたチョコどうしましょう」

 高級チョコレートも製菓用の板チョコレートも何もかも一緒くたに溶けてしまっていた元のお店に戻ったとして、見込まれていた売り上げは期待できないだろう。

 何とかしてチョコレートを救済できないだろうか……。署員たちが額を合わせていたところにキッチンカーが通りかかった。神出鬼没の『夢のお菓子屋さん』である。集まった警備署員とお縄になっているお菓子たちに興味を持ったのか、何かありましたか? と声をかけてきた。

「これは、これは。お菓子の材料がいっぱいありますね」

 佐藤署員が事のあらましを説明する。相手がお菓子屋だと聞いて、何か知恵を借りれないかと考えたのだ。

「チョコレートは溶けてしまっていて、他のお菓子は、割れたり欠けたりしているものもいますが、概ね良好です」

 すると、夢のお菓子屋さんがお菓子たちを眺めまわしてにっこり笑った。

「これは私の領分ですね。どうにかしてみましょう」

***

 数日後、特区のメインストリートには夢のお菓子屋さんを中心として、様々な菓子屋が露店を出していた。屋台にはお菓子が並べられている。一見、チョコレートが売られているようだったが、よく見てみると……。

「あ、これ、チョコの中にマシュマロが入ってる!」
「チョコのタルトも美味しいわね~」
「しかも、お菓子を食べたらちょっとした夢を叶えられるんだって!」

 夢のお菓子屋さんは溶けてしまったチョコレートを固めなおしたり、他のお菓子を組み合わせたりして新しいお菓子を作り上げたのだった。もちろん不格好になってしまったお菓子もいるが、そこにはほんのすこしの夢を添付している。監禁されて溶かされたチョコレートたちは不満そうに見えるが、新しいお菓子が店頭に並ぶと、お客さんに大喜びで買われていった。

「今年はチョコだけじゃなくていろんなお菓子があっていいわね!」

 かくして、特区もハッピーなバレンタインを迎えられそうである。
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