著者 かわかみ@次回文学フリマ東京40
  • なし
# 1

【単話】廃墟

 特区にある廃墟の多くはモンスターの住処になったり、呪いの渦を作っていたりして、軽率な侵入は命が保証されない。

 解体についても用心が必要で、迂闊に壊すと地中から繋がっていた怪異の漏出や、数百ものモンスターが溢れ出てきたりすることも珍しくなく、その予防のために事前調査が入ることが一般的である。

 この日、一軒の廃墟の調査のため物々しい雰囲気の一団が住宅街の一角に現れていた。白銀の防護服とゴーグル――自治会から派遣された廃墟の調査団だ。

 様々な呪いを跳ね返す制服。背には登山家さながらのリュックが背負われており、その中には呪いに対する呪符の他、モンスターを捕獲する道具が用意されている。脇に抱えられた複数のガスボンベには幻覚や幻聴に対抗するためのさまざまな覚醒薬剤が充填されていた。

 本日、内覧をする廃墟は、数年前に一家の集団自殺があり、その原因が呪いの一種だと判明している元住居である。

 窓から見える内壁には複数の呪詛が書かれ、外側には封印札が所狭しと貼られている。複数の足跡がみられ、モンスターが住み着いていた形跡もある。物理的に、今にも崩れそうな様子で、レベルA2とランク付けされた。

 この廃墟はその危険性から解体されることが決定されており、呪いの除去方法や、その他の取り壊しする際に支障となる事項を確認するために、廃墟の中に潜入するのであった。

 除呪術魔法のかかったフェイスガード、モンスターの牙を跳ね返す硬質ヘルメットをかぶった防護服の人間が列をなして中に潜入する。その様子を近隣住民が呪い除去機能が付いている窓からじっと見つめていた。

 室内は金属の質感を持つ、堅固で無機質な壁で覆われていた。まるで新築のシェルターのように傷ひとつない室内には、整然と並ぶ机。建てられて間もない、手垢のついていない部屋に、調査団の重たい靴音が響き渡る。

「――気を付けろ、幻を見ている可能性がある」

 一人がガスマスクの脇から幻覚解除剤を吸引し、その他もそれに従った。

 解除剤はすぐに効果を見せた。目を何度か瞬かせれば、部屋の姿がゆっくりと真の姿を現す。肉色のぼこぼことした壁。うっすらと埃が積もっており、巣穴のようにいくつもの穴が先へとつながっている。辺りに、モンスターの類は潜んでいないようだ。

 不気味な様相を呈す建物の中を、状況を確認しながらゆっくりと進む。壁には人間の顔のようなものが埋まっていた。大きく開いた口のような穴が、今にも叫び出しそうな様相を呈す。五本の凹凸を持つ場所は、手のようにも見える。廃墟に呑まれた人間かもしれない。壁が人間を吸収する、ありえる話だ。

 合図をして、他の隊員に壁から離れるように指示した。さすがA2ランク――前後左右、気を抜くことできない、危険な建物だ。

 先月から前線に投入された新人が、すごいところですね……と、圧倒されている。

「あまり、弱気をみせるな。そこからつけこまれて廃墟に囚われてしまう人間もいるんだ」

 隊長が周囲の安全確認の方法を指示しながら答えた。

 油断をすれば襲われそうな嫌な視線を感じる。左右上下を気にしていないと何か襲い掛かって来た時に対処ができないだろう。

 新人の言う通り、なんと恐ろしい場所だろうか。気合を入れていないと身体が叫び声をあげて逃げ出してしまいそうだった。

 自分とて弱気を飼っている。奥に向かうにつれて、だんだんと身体が震える自分を無理やり気合で縛り上げ、抵抗して進むのだ。

 今、他の隊員が一緒にいるのが心強い。

「先輩はずいぶん落ち着いていますね」「何、こういう所に来るのも頻繁なんだ。瘴気に対する慣れも出てきた。新人のお前よりは、な」「そうですか。――それならどうして、僕なんかと一緒にいるんですか?」

 新人の不可解な言葉に、先頭を歩いていた隊長が振り返った。他の隊員も飛び退るようにして距離を取る。

 新人のヘルメットの中で緑色をした粘液を帯びる蔦がのた打ち回っていた。

「おいっ!」

 防護服は既に謎の植物に浸食されてしまっているのか、ぶちゅぶちゅと音を立てながら膨れ上がり、触手が隊服の下でのた打ち回っている。

「駄目ジャぁあないでスかああぁおああああァぁァ! ちゃんと確認してススマないとぉおおォおぉお」

 いつから廃墟の魔物に魅入られていたのか、あるいは最初から新人などおらず幻覚を見せられていただけだったのかはわからない。今、調査団が危険に晒されているのが事実だ。

「いったん退くぞ!」

 踵を返して走り出した隊の後ろで、新人の防護服が破裂する。バツン。大きな音の中から、緑とも茶色ともつかない濡れた触手が顔を出す。粘液が弾け、複数の隊員に降りかかった。ジュクリと音を立てて溶ける白い防護服。

 隊列は乱れた。我先にと出口へと走る。抜け出なければ、蔦に巻かれるか粘液に解かされるか、あるいは呪いに巻かれるかのいずれかだ。とうに、自らも蔦と化しているのかもしれない。頭の片隅をよぎる考えを振り切って走る。

 その隊を搾り取るようにして、左右から肉の壁が迫って来た。――最初に見かけた顔はやはり壁と一体化した人間だったのだ!

「急げ! 急げぇ!」

 調査団は入って来た扉に向かって足を動かす。先には白い太陽の光。それを目指して我先にと走り抜けた。

「みんな大丈夫か!」

 隊長の身体は廃墟の外の陽光に晒されていた。無事、建物から逃げられたのだ。切れた息を整えながら振り向くが、続く隊員は一人残らずいなかった。

 廃墟の周りに建っていた住居もない。ひとっ子一人通らない灰色のアスファルト。

 果たして、廃墟の中から本当に出られたのだろうか。

 それとも、近隣の住居は廃墟が見せた幻覚だったのだろうか。
shareX(旧Twitter)を見る
コメントを投稿
現在のコメント

    コメントはまだありません

過去のコメント

    コメントはまだありません