著者 夙多史
  • なし
# 23

お兄ちゃん、女の子になってよ

「ねえ、お兄ちゃん、女の子になろう?」

 日曜日の午後。俺こと柏岡蒼生かしおかあおいが自室で優雅な休日を過ごしていると、部屋にノックもせずに入ってきた一つ下の妹が開口一番に意味不明なことを言ってきた。

「…………は? なんだって?」

 ベッドに寝転んでスマホを弄っていた俺は、期待の眼差しでお目目をキラッキラさせている妹――柏岡燈波かしおかひなみに胡乱な視線を送る。
 燈波は顔が小柄なのにくりっとした大きな瞳で真っ直ぐ俺を覗き込んで――

「だから、お兄ちゃん女の子になってよ」
「わんもあ」
「お兄ちゃんが女の子になってくれないと困るの!」

 よーし、三回聞いたけどやっぱり意味がわからないぞ。燈波は可愛いし高校の成績も悪くはない……はずだが、どっかで頭でも打っちまったんだろうか?

「俺は男の子です。よって、女の子になることはできません」
「そこをなんとか!」

 諭すようにお断りしたが、燈波は一切退く気がないようだった。

「なんとかして性転換できるものか。手術でもしろと? 魔法でも使えと? それとも一回死んで女の子に転生しろとか言わないよな?」
「そんなことしなくていいよ。ここに女装セットがあるから」
「なんでそんなもん持ってんだよ!?」

 ウィッグに化粧にマスカラにネイル……げ、髭剃り用の日本刀式レザーまでいろいろ揃ってやがるよ。こいつ、俺を着せ替え人形にしたいだけか? 女装とか恥ずかしすぎて絶対したくないんですけど。
 なんとしてでも断らねば。

「悪いが、俺は今漫画アプリの無料ポイントを獲得するために片っ端から興味もないサイトに登録する作業で忙しいんだ」
「超絶暇してるじゃん」

 暇なものか。これをしないと無料で漫画の続き読むの明日まで待たないといけないんだぞ!  

「ねー、いいでしょー、女の子になってよー」

 甘えた声で俺の体を揺さぶってくる燈波。くそう、俺がそんな風にオネダリされると弱いことを知っての狼藉か! だが、女装はダメだ。主に俺の尊厳が死ぬ。

「そもそもなんで俺が女装せにゃならんのだ?」
「えーとね、これこれ」

 燈波は自分のスマホの画面を操作すると、インターネットのとあるページを俺に見せてきた。
 そこには――

「喫茶NAKATAで百合カプ応援フェス? 女性同士のカップルなら無料でコーヒー全種飲み放題?」

 喫茶NAKATAは俺たちが通っている食菱しょくりょう学園の近くにある喫茶店だ。そういえば燈波は大のコーヒー好きで、そこの常連だったな。俺もたまに利用するけどオリジナルのブレンドがいい香りしてて美味いんだ。酸味と苦みとコクのバランスも絶妙で、行けば絶対二杯は飲んでるね。
 ただそこのマスターが百合好きで、女性同士だと割引とか勝手にしちゃうんだよなぁ。そんで今回ついに百合カプ応援フェスなるものを開催しちゃったわけか。大丈夫なの?
 
「なるほど、理解した。これに行くために俺を女装させたいって魂胆か」
「イエス! 物わかりのいいお兄ちゃんは好きだよ!」
「確かに喫茶NAKATAのコーヒーが飲み放題となれば行きたい気持ちはある。普段は頼まない種類を飲み比べするのも悪くないだろうな」
「なら」
「だが断る」

 無料のために女装をするくらいなら、俺は普通に金を払う!

「そんなもんわざわざ俺を女装させずに友達と行けよ」

 燈波はこの通り愛嬌もあって人懐っこいからな。友達なんてたくさんいるはずだ。

「わたしの友達誰もコーヒー飲めないのー! だからお兄ちゃんしか頼れる人いないのー!」

 飲めなくてもついて来てもらうだけでいいのでは? それとも最低一杯は飲まないといけないルールとかあるの?

「妹のお願いは聞いてやりたいが、流石に女装はなぁ……」
「大丈夫大丈夫。お兄ちゃん中性的だし絶対似合うから! あ、化粧とかはちゃんと手伝うよ。奉仕科の先輩に女装のさせ方がっつり習ったし」
「なんてものがっつり習ってんの!? てかそういう問題じゃなくてだな!?」

 頑なに拒み続けたからか、燈波は大きく溜息をついて俺から一歩下がった。拗ねたようにちゅくんと唇を尖らせ……ん? 視線を横に反らしたぞ。

「女の子になってくれなきゃ、お兄ちゃんのパソコンの『飯テロ』って名前で擬態してる隠しフォルダの画像を学校でばら撒――」
「女の子になりますッ!!」
「わーい! だからお兄ちゃん大好き!」

 くそうくそう。なんでこいつ俺の宝物庫のこと知ってんだ? ハッカーなの?

「じゃあ早速お兄ちゃんを女の子に大変身させまーす♪」

 あとの俺はもうされるがままだった。化粧とかされている間は俗世から解放されたく瞑想していたくらいだ。妹に魔改造される兄の図なんてみたくないです。あ、なんか悟りの境地を開けそう。

「えっと、できたよ……」

 なんだか微妙に引いてるような燈波の声が聞こえた。どうやら想像以上のブサイクが出来上がっちまったらしいな。それならネタとして安心して自分でも拝められるってもんだ。
 ゆっくりと瞼を上げる。

 姿見に絶世の美少女が映っていた。

「……え?」

 一瞬、それが誰だかわからなかった。

「嘘だろ。これが、俺……?」

 姿見に手をついてまじまじと自分を見つめる俺。さらっさらな黒髪は腰まで垂れていて、両目はパッチリ。まつ毛なっが。唇ツヤッツヤ。肌も白くて瑞々しい。
 服装は薄手のアウターにロングスカート。てかおっぱいもあるんだけど、これがパッドってやつか。盛りすぎぃ! 
 てっきりとんでもなくケバいバケモノが爆誕してるかと思ったのに……こんな世界があったのか! 俺の妹は将来有名なメイクアップアーティストになるやもしれん。

「す、すっげ。これなら、まあ、外に出てもいいかもな。よし、百合フェス行こうぜ!」

 なんか変な趣味に目覚めてしまいそうで怖い。

「……………………ダメ」
「はい?」
 
 せっかく俺が乗り気になったのに、燈波はなにが気に入らないのか両手を握って俯いていた。

「こんな美人になったお兄ちゃんを百合カップルが集まる場所なんかに連れてったら、みんな魅了されて奪い合いになっちゃうからダメェーーーーッ!!」
「えぇえええええええええええええっ!?」

 ぎゅーっと俺の腕にしがみつかれて絶対行かない意思を示し始めた燈波。俺はもうどうしていいかわからず……とりあえず、姿見の自分の姿を見てうっとりすることにした。現実逃避。

 結局。
 元の男の姿に戻って百合フェスに突撃し、燈波の分は全部俺が奢るという実質無料飲み放題へとなってしまった。そして俺は「百合フェス中にクソオスが入んてくんなボケが!!」と喫茶NAKATAのマスターに叩き出されました。
 納得いかん。二度と行くか!
 
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